50代初めての工場派遣

はじめに

今回は日本滞在中に工場派遣で働いたお話です。

今回の日本滞在は少し長かったので友人との会話で「日本で何をしていたか」という話になることもあり、その場合は「出稼ぎに出かけてた」と答えます。日本人が日本に出稼ぎに行くという少し変わったパターンです。最初は前後編に分けようと思ったのですが1回にまとめます。少しだけお付き合いください。

その前に少しブログ作成格闘記の話を少々。

少し前の話ですが私のブログサイトを「常時SSL化」しようとしたらサイト自体にアクセスできなくなり半日近くかけてやっと復活させて設定を完了することができました。

「SSL」というのは「Secure Sockets Layer」のことででそのまま辞書で訳しても「ソケット層を確保する」と何のことやら分かりませんが、これはインターネット上でデータを暗号化して送受信する方法とのことで、つまり「SSL化」することによりサイトのセキュリティが高まるというわけです。

ある時期からパソコンで普段使っているウェブブラウザの「Google chrome」で私のブログサイトを閲覧すると上部のアドレスバーに「(このページは)保護されていません」みたいな表示が出るようになったのです。

当サイトはクレジットカードなどは取り扱わないただのブログなので緊急に対応しなくてはならないような大きな問題ではないようなのですが、なんだか怪しいサイトと思われても嫌なので「SSL化」すべく作業を開始しました。

しかしパソコンなどはマニュアルとかじっくり読まずに始めて失敗するパターンで、最初にお話ししたように自分のサイトにアクセスできなくなりネットで復旧方法を検索するなどして何とか元に戻すなど、ITに精通してない私にとっては大変な作業でした。

なお、私は有料サーバは「エックスサーバー」というものを使っているのですがメールで問い合わせたら丁寧に返信してくれました。日本の会社のカスタマーサービスは素晴らしい。フィリピンだとカスタマーサービスの対応の遅さやずさんさにそういったものはなるべくあてにせず最終手段というという癖がつきます。最初から問い合わせておけばよかったと後悔。

従来はサイトのアドレスの頭には「http」と表示されていましたが「SSL化」することにより晴れて「https」と表示されるようになります。当サイトも作業完了です。

ところでブログ作成に使っている「ワードプレス」ですが数日前にバージョンアップのお知らせがあって何気なく更新したら今回は大幅なバージョンアップで仕様がかなり変わってしまいました。違和感があって書きずらく、しばらく慣れるまでは苦労しそうです。

横道にそれてしましましたが今日のテーマに入ります。

日本で働く

フィリピンで知り合った人から「セブで働いているんですか?」と聞かれることがあります。

3年位前ですが「(駐在などではなく)フィリピンで暮らしている人はどうやって生計を立てているのか興味があって」というようなことを正直に言われたことがあります。

フィリピンというと私くらいの年代ですと犯罪者が逃亡するのは「タイ」か「フィリピン」かみたいなイメージもありちょっと怪しいイメージを持つ人もいるのではないかと思います。

私の場合、タクシービジネスもつい最近まではどう転ぶわからない状況で「ビジネスをしてます」といえるほどでもなく、「ちょこっと」と意味のよくわからない返事をして「退職金でなんとか食いつないでます」などと説明しておりました。

そんな状況なので将来のことを考えたら本当なら現地採用で働けばよかったとも思っていますが今までセブでは求職活動はしてきませんでした。

私が早期退職した理由は「ステップアップ」ではなく「ギブブアップ」だったのでできることならしばらくは無理をせず出勤時間やタスクに追われることなく暮らしたいという気持ちもありましたし、一方で気持ち的にタクシービジネスで悪戦苦闘、四苦八苦、アップアップだったというのもあります。

ところがそうもいっていられない状況になってきました。5年前に公務員を早期退職して、その後ビジネスを始めるために資金をフィリピンに送金したのですが、その時にビジネスが軌道に乗るまでと思って残してきた日本の預金が底をつきそうになってきてしまったのです。

実際のところセブで現地採用で働こうと思っても、マネージャーなどの業務は現地語か英語力が必須なのでまず無理です。

まだフィリピンから日本に資金を戻すほど安定した経営状態とは言えません。当面日本で滞在する分くらいは稼がなければ。

そこで日本滞在中に仕事を探すことにしたのです。

「リーマンショック」が起き「年越し派遣村」がニュースで大きく取り上げられたのが2008年の大みそかから新年にかけてでした。当時はホームレスにも関連する福祉のセクションにいて貧困問題にも関心をもってテレビを見ていました。もう10年経ちます。早いものです。

その時私はその5年後に公務員を早期退職するとは考えていませんでしたし、セブで暮らしビジネスを始めフィリピン人の妻をもつことも1ミリも想像しておりませんでした。そして自分が派遣の立場で働くということも。人生はでこぼこ道、どう転んでいくか分かりません。

日本での滞在でAirbnbを利用

昨年父のサ高住(サービス付き高齢者住宅)への転居に際しそれまで住んでいた公団住宅は引き払ってしまっており住める家はないのですが、慣れた関東近辺で仕事を探すことにしました。

まずは安く泊まれる場所を探さなくてはなりません。「贅沢は敵」というか、フィリピンでエアコンも温水シャワーもなく、トイレは手桶で水を流すという終戦直後のような生活も経験している私には大抵の環境なら「快適に過ごせる」という変な自信があります。

私が使ったのは民泊サイトの「Airbnb」で折しも住宅宿泊事業法(民泊新法)の施行で注目を集めていた時期です。

都内に1週間ほどの滞在で以下所ではなくなるべくいろいろな所に泊まろうと毎日場所を変えたのですがほぼすべてオフィスビル街にあってビル1棟を使って経営するようなスタイルでした。

「Airbnb」といえば民泊というイメージがありますが私が泊まったのはホステルで法律的には旅館業法に基づく宿泊所になります。どこもよかったのですが「グリッズ」という都内あちこちで展開しているホステルはどこも綺麗で設備も整っていて安心して利用できおすすめです。

私はドミトリーを選んだのですがでしたが単なる二段ベットの様なものではなくカプセルホテルのようにスペースの中に電源やライトもありしっかりとした作りでした。

こういったホステルは外国人客が多くマナーなどの心配もあるかと思いますが、どこも深夜の話声などの騒音もなく問題なく過ごせました。私が滞在したときは割合としては外人客のほうが多かったように思います。

1階のフロアーはおしゃれなカフェを併設していたり、セキュリティはどこもカードキーを利用しており、ランドリーにシャワー、キッチンなどの設備も整っており清潔さや快適さのクオリティーはとても高く十分すぎるくらい快適に過ごせました。

宿泊費は平均して3,000円くらいでした。セブで最近はホテルやペンションには泊まらないのですが5年前くらいの印象ではかなり古びてしょぼい(シャワーやトイレが壊れていたり)設備のペンションでも市街地だと1,000ペソ近く(日本円だと2,000円くらい)するところもありました。

ドミトリーとはいえ東京のど真ん中でこのクオリティーをこの価格で提供できるというのは100円ショップ並みに「凄い」と思います。

あまり写真は撮らなかったのですがこんな感じでした。

帰国直前は池袋の大浴場併設のカプセルホテルに泊まったのですが館内の清潔感もいまひとつで夜中は大いびきをかく人にさらに「うるせーなー」と周りが目を覚ますほどの大きな怒りの独り言が聞こえるなど残念ながら快適とはいえませんでした。

求職の条件と派遣会社への登録

まずはインターネットで「寮付」「なるべく早く仕事が始められる」「短期(3か月から最長5か月)」「50代で未経験者でも可」であることを条件に探しました。

ハローワークなどを通した直接雇用ですとその都度面接を受けなければならないため非効率なので派遣会社へ応募したのですが、面接を終え登録後すぐに2件紹介されました。そのうちの1件を即選びその日のうちに派遣先の回答もあり、とんとん拍子で進みました。

翌週に現地の事務所に行き、まず寮に案内され、翌日は派遣先の工場の見学、その翌日は派遣会社の研修を受け、さらにその翌日からいよいよ出勤です。

私は公務員時代には異動で新しい職場になれるのに結構時間がかかった’タイプで新しい環境ではものすごく緊張します。初日から何年もいるように振舞える人もいてそういう順応力のある人は本当にうらやましいです。

寮について

寮付近の環境

寮はワンルームで派遣先から自転車で15分ほどのところにあり近くに「スーパー」や「100均ショップ」、「コインランドリー」もあって生活するにはとても便の良いところでした。

寮に用意されていた物

寮はワンルームですがそれほど古さは感じさせず快適でした。「エアコン」付で「電子レンジ」「冬はこたつになるテーブル」「テレビ」「物干しざお」「カセットガスコンロ」「ステンレス製なべ」「洗濯機」「自転車」などが用意されており、後は100円ショップやスーパーで間に合いました。

また作業着や上履き用の靴は派遣会社が実費で用意してくれました。

100円ショップで購入した物

「電子レンジ用容器」「コップ」「皿」「コーヒードリップ」「洗剤」「箒とちりとり」「雨具」「延長コードとタップ」などの生活用品に仕事用の「メモ帳・ノート」と「ペン」。大抵のものは100円ショップで間に合いました。

セブで買うとむしろ100円ショップで買うよりも高い物も多いのです。例えば今回ボールペン10本入りを買ってきましたがセブで1本30ペソ位で買っても二日目にペン先が壊れて使えなくなるということは普通にあります。

インターネット環境は?

今回の日本滞在で私が利用したのは「SPACE Wi-Fi」です HPはこちら

ネットを検索するといろいろな情報が出ていますの詳細は省き感想だけ述べます。

一か月の代金は3480円とかなり安いです。PC、タブレット、スマホで動画を見る分には全く問題ありませんでした。ただし発注から納品までおよそ1週間かかりました。(注文後に配送が遅れる旨のメールがあった)

解約に関してはネットで申請しWi-Fi本体セットは成田空港の郵便局から郵送で返却しました。

仕事は思っていた以上に単純作業ではなかった

派遣先は精密機器工場でした。

作業は社員1人と派遣職員場職員3人くらいが最小単位となって行います。重いものを持つような作業もなく空調もきいているクリーンルームでの作業ということで派遣職員の年齢層は20代から60過ぎとみられる方まで幅広く女性も多く働いていました。

精密機器工場ということでほとんどオートメーション化されていると思っていたのでどんな作業内容か全く想像がつかなかったのですが実際に働くと機械はしょっちゅうビービーとエラーのアラームが鳴り製品のセットや取り出しなども頻繁に手作業で行うなど想像以上に人の手間がかかるのが意外でした。

工場派遣のブログなどを見るとライン作業など「数時間で仕事を覚えてしまい後は同じことの繰り返しが苦痛」のような体験談もありましたが、私が働いた工場はセクションにもよるのかもしれませんが一通り仕事を覚えるのに数か月はかかるような感じでした。

年齢的にも新しいことを覚えるのは大変です。

私の様な短期の場合は時間に余裕があれば時給が安くてももっと単純作業のほうがよかったなあと思っています。

派遣として働いてみて思ったことは別の機会に「非正規雇用」の問題と「外国人労働者問題」と併せてお話ししたいと思います。

つま先のしびれと痛みに悩まされる

初日から悩まされたのが足の痛みです。知り合った人そのうち慣れるとも言われたのですが結局最後まで慣れることはありませんでした。

歩くのもしんどい状況になってきてだんだん仕事というより拷問のようです。

靴を取り替えたりビタミン剤を飲んだり最後は整形外科にも行ったのですが結局だめでした。

確かにずっと公務員時代はずっとデスクワークでしたしセブでも運動不足は否めませんが立って作業をしているいるだけでこんなにしんどいとは自分でもショックでした。

夜勤で睡眠リズムの狂いに悩まされる

公務員で土木事務所の勤務の時は事務職でも大雨注意報がでると水防活動といって雨が降っていなくても事務所に待機することはありましたが勤務形態としての夜勤は初めてです。

4日間日勤で2日休みで4日間の夜勤で2日休みを繰り返していきます。私は夜型のせいか夜勤は思ったほどあまり苦にならなかったのですが睡眠のリズムが狂い日勤の時が辛かったです。

3か月が限界だったことにショック

先ほどお話ししたように公務員時代はずっとデスクワークで立ち仕事は初めてで、夜勤も初めて。

加えてセブに来てからは特に予定がない限りは起きたいときに起きる生活。定時に起きて出勤することさえ5年のブランクがあり果たして務まるか不安もありました。

今回は4人同時に入ったのですが二人は私より先に辞めているし、とりあえずは約3か月という短い間でしたが無遅刻無欠勤で過ごせてよかったなあとも思ったりもします。

退職が決まってから大失敗

退職日も決まってもうひと踏ん張りという頃に商品ひとセット落とすというミスをやらかしてしまいました。

精密機器ですから商品の取り扱いは丁寧にというのは最初から言われていたのですがそのころは足の痺れ・痛みと睡眠リズムの狂いで自分でも気を抜いたらやばいとは自覚していました。

ともかくもものづくりの現場で実際に働いてその大変さを実感しました。

フィリピンは日本と比べれば豊かではありませんがそれでも食料や物のゴミにあふれています。

個人ができることは小さいですが身の回りのモノを大切にする事からでも始めなければと思ったのでした。

給料は?

給料は時給で約1300円で残業は1か月約40時間。月に大体28万円くらいでした。

フィリピンでは友人のおじさんが日系企業の工場に勤めていますが年齢経験にもよりますが一万ペソから一万五千ペソくらいでしょうか。

フィリピンはインフレに最低賃金の引き上げなど平均給与額は毎年上がっていますがまだまだ日本とは大きな差があります。

派遣という非正規雇用について

私のフロアにはいませんでしたが工場では中国やインドネシアからの研修生も多く働いていて見かけました。

法律改正が国会で承認されたこともあり別の機会に「外国人労働者問題」と「非正規雇用」の問題を取り上げたいと思います。

終わりに

公開ボタンを押したら2時間前に保存したものが最後でそれで公開されてしまいました。バージョンアップのせいか?ショックです。

校正や本文で修正したところも再度見直す気力もほとんど残っていないので変なところがあったらごめんなさい。車両がぶつけられて相手と音信不通の話やフランチャイズの話なども書いたのですが力尽きたので次回にします。

「終わりに」を追加修正して公開します。では次回まで皆さまお元気で。

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2 件のコメント

  • 私も22歳から26歳まで滋賀の○○電気で2年間、地元の福岡に帰り成型工場で4年間3交代作業をしましたが体と精神がぼろぼろでした。嫌な思い出しかありません。

    • 派遣の仕事は公務員時代とはまた別の大変さがありました。同じ工場でも配置されるセクションによって人間関係も作業内容も随分異なり運に左右されるような気がしました。
      ※この返信コメントは当初間違えて他のコメント欄に回答してしまったので再返信しています。

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