「何を求めて」セブ暮らし

今回は、前回の「鬱(うつ)とフィリピン・セブ暮らし」でお話したように、うつ状態で日本からセブに来て暮らしはじめて思ったことなどを、若い頃に読んだ森村桂さんの「天国にいちばん近い島」と重ね合わせて少しお話します。

「天国にいちばん近い島」

「天国にいちばん近い島」(昭和59年公開)と聞くと、私の年代だと大林宣彦監督、原田知世さん主演の映画を思い起こす方も多いのではないでしょうか。

(薬師丸ひろ子さん主演の『Wの悲劇』と併映でした。なんと贅沢な同時上映でしょう。しかし、私は当時薬師丸ひろ子さんのファンで、実はそちらが目当てでした。)

映画では原田さんや舞台となるニューカレドニアの美しさが印象的でしたが、その時に読んだ森村桂さんの原作が強く記憶に残っています。今日の私の話も映画ではなくこちらの旅行記の話になります。

原作は昭和39年の筆者の旅行をもとに書かれています。

映画は公開当時に合わせて20年後に設定されており、ストーリーも別のものとなっています。(『Wの悲劇』も夏樹静子さん原作の推理小説かと思いきやその話は劇中劇で使われていて、全然違うストーリーになっています。)

昭和39年というと、私が生まれる少し前の頃になります。

まだ海外旅行もあまり一般的ではない時代に、「友人から借金までして旅費を工面し、結局社長の好意により無料で鉱石運搬船に便乗し、2週間近くかけフランス領のニューカレドニアまで行く(現在なら成田・関空から直行便で約9時間)」というところからして、フィクションかと思うほど波乱万丈の旅行記です。

今から50年ほど前の作品で、差別的表現や、今であれば差し控えるであろう表現などがありますが、作品からはそういった意図は感じません。

むしろ植民地政策やビジネスによる先住民に対する搾取への批判が読み取れますが、小難しいことではなく、シンプルに「先住民の素朴な生き方や暮らしが壊されている」ことに対する得も言われぬ憤りというような純粋な気持ちが伝わってきます。

ニューカレドニアは、欧米諸国による植民地政策の歴史があり影響を大きく受けていること(※)、美しい海に囲まれていることや、国民(島民の)約9割がキリスト教を信仰している(作中でもカトリックとプロテスタントの微妙な関係などが描かれています)、などフィリピンと共通している面があります。

(※ ニューカレドニアは国連が「非植民地化が完了していない」と指摘している世界17カ所の「非自治地域」の一つ。映画が公開された翌年の1985年(昭和60年)には独立運動による暴動で全土に非常事態宣言が出された。2018年にフランスからの独立の是非を問う住民投票が行われ、56.4%対43.6%で否決されているが、独立派との合意にもとづき、2022年までにあと2回、住民投票が行われる予定。)

詳しいエピソードや内容の記述は、避けますが、作品は筆者の自信なさげで自虐的な面がありながらも、驚くほど大胆な行動など若さにあふれています。

今だったら迷惑行為としてSNSなどで取り上げられバッシングになるかもしれない行動です。(だからこそベストセラーになるほど話として面白いのですが)

身近なところでは、私が20歳の頃、久しく会っていなかった友人が「実は、中国の外国人立入禁止地区に無許可で行って強制退去させられたんだ」と、そのことが書かれている実名入りの新聞記事を見せてくれたことがありました(よく無事に帰ってこれたものです)。

私も若かったので、そんな大胆な友人の話を聞いていると、中国や東南アジアを旅したいという思いが込み上がってきます。(公務員という立場ではそんな冒険旅行のような旅は無理でしたが)

昔はデレビ番組にしても今と比べて大胆で自由だった気がします。日本全体が「若かった」ということなのでしょうか。

著書は200万部を超えるベストセラーですが、多くの読者と同様に「天国にいちばん近い島」を見つけようとする筆者に対し、素直に共感したのでした。

森村桂さんは2004年に他界されました。

私は当時の報道を知らなかったのですが、2004年(平成16年)9月27日にうつ病のため入院していた長野県内の病院で自死されたとのこと。まだ64歳でした。

森村さんは「ニューカレドニアで暮らしたい。日本に帰りたくない」という思いを抱きながら帰国し、そしてこの多くの人の心に響く作品を著すことになります。

今では当時に比べれは遥かに安く簡単に海外旅行ができる時代になり、多くの人々が「天国にいちばん近い島」という素敵なキャッチフレーズがつけられたニューカレドニアを訪れています。少し複雑な気持ちもします。

日本からセブへ、そして希望と落胆

森村さんがニューカレドニアに旅立つ前は、就職したものの休みがちで失敗ばかり、疲れて自信をなくしていた姿が描かれています。

父が話していた「天国にいちばん近い島」に行ってみたいという気持ちと同時に、あれこれ煩わしい日本ではなく食べ物がたくさんあって、ろくに仕事もせずに暮らせる島で暮らしたい、というような、現実逃避ともいえる動機も吐露されています。

こういった日本での生活に順応できない姿は、体のことや、日々の生活の中でストレスを感じ、うつ状態になっていた退職前の私と重なって見えます。

私が英語を学ぼうとセブを訪れるきっかけは、先ほどお話しした中国で逮捕された友人の影響もあって、中国や東南アジアを旅したいという思いでした。

森村さんは、はじめは現地で散々な思いをしますが、やがてさまざまな経験を経てニューカレドニアの素晴らしさに気づいていきます。

私の場合は、はじめての海外で暮らす日々は最初から刺激に満ちた楽しい毎日でした。何のしがらみもないなかで、セブではフィリピン人の友人もどんどんつくりたいと積極的な行動をとっていました。

最初の頃は楽しかったのですが、やがて些細なことではありますが嫌な思いをすることも増えてきます。「お金の貸し借り」、「約束が守られない」「大丈夫といわれたのに全然大丈夫ではなかった」などなど。

大雑把に言えば、最初の1年位はバラ色で次の1年間はセブで暮らすことを後悔することも多くなっていたのです。

それでもやっぱりセブがいい

フィリピンではお金に関するトラブルの話をよく聞きますが、フィリピン人の庶民の多くからは日本人は外国人というだけで大金持ちに見られます。

悪いやからからは、「現地語もろくに話せず完全アウェーの地にやってっきたカモが、『カモです』という看板担いでネギ背負って歩いている」ようにみられるのは当然です。

普通の付き合いにおいても、日本であれば「1億分の1人の存在」であるようなごく普通の人であってもフィリピンではそうではありません。

金銭面に関してのトラブルは、不可避であり、最初はストレスですが、失敗しながらも付き合い方に慣れていくと、自然に信頼できる人との付き合いだけになり、問題も生じなくなっていきました。

生活面では、日本からフィリピンに来ると様々な面で不便さを感じます。

不平不満というのは自分のモノサシで物事を比較し測るところから生じるものかもしれません。それをしなくなるのが「慣れる」ということなのかもしれません。

常に日本と比較せず、切り離せばこんなものだと思えてきます。そうすると、ストレスを感じることも少なくなり、日常の小さくても「ハッピーなこと」に満足できるようになってきます。

それはそれで、やはり日本人ですから、セブで暮らしながら、どうしても日本と比較してしまいます。

日本人は全体的にみれば「真面目で勤勉で、礼儀正しく、マナーが良く、ルールをよく守る。おもてなしの心もあり、よく気がきく」といわれますが、実際そういう面はあり、素晴らしいことだと思います。

(ちなみに内閣府のホームページの「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査 (平成30年度)」では日本人の自国民に対するイメージは「礼儀正しい」、「真面目」、「勤勉」が上位の3つとなっています。)

一方、「そういったルールやマナー、また、自分と異なる価値観(たいていは自分の価値観が正しく普遍的と思っている)に反するものに対する不寛容」があったり、「気をきかせる事や空気を読む事へのプレッシャーが強い」といった面があるような気がします。

フィリピンで暮らはじめて、ルーズと感じたり、いい加減、適当と感じる反面、「気楽さ、居心地」の良さを感じることは事実です。

森村さんは一度だけテレビ出演されているのを見たことがあるのですが、本の主人公がそのまま齢を重ねられたような印象でした。

作品の中では性格的に不器用で、周囲がよく見えず、それでいてナイーブな面が見られます。ベストセラー作家となったこと生活が大きく変容したことは容易に想像できます。

もしそのまま、あるいはその後にニューカレドニアで暮らしていたらどうだったのでしょう。しかし、一度きりの人生で「もしも」を想像しても、時間の針は戻せません。

天国でお父さんと再会し、安らかな日々を過ごされていますように。

コロナの時代に

コロナうつやコロナ疲れ、さらに今後は経済苦も心配されます。

「あれこれと悩んでもしかたがない」と、口では簡単に言えますが容易なことではありません。

私自身、自分の体のことや経済的なことなど、いろいろ心配です。もし一人で暮らしていたならばさらに不安に苛まれていたでしょう。ちょっとしたことでも何か気が晴れることが必要です。

日本でコロナ疲れ、コロナうつに悩まされている方は、ぜひ新型コロナが収束したらにセブにいらしてください。

個人的には観光で行くならタイやベトナムなどですが(もともとは、それらの国を巡るのが夢だったので)、セブ島や周りの島には美しい海がたくさんあります。街から離れた小さな島の海辺で一日中でのんびりと過ごすのもいいものです。

もしかしたら「天国に何番目かに近い島」と思えるかもしれません。

お互いに大変ですが、皆様におかれましては、その日まで、その日を楽しみにしてお過ごしくださることを願っています。

追記

以前、「フィリピンから日本への送金(セブの日常)」を投稿したところですが、3月からのECQで日本への一時帰国ができなくなったため、GCQ下の8月に再度、日本の口座に入金しなくてはならなくなりました。今回はウエスタンユニオンで1回でスムーズに送金することができました。

そちらの投稿に追記をしました。

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