12月8日(火)は「無原罪の聖マリアの祝日」です

「聖母マリア」という言葉は「イエス・キリストの母」として一般の日本人にも馴染みがあると思います。

また、ラテン語で「こんにちは、マリア」または「おめでとう、マリア」を意味する「アヴェマリア」と題する曲はたくさんありますが、特にクラシック音楽の「三大アヴェマリア」は誰もが耳にしたことがあるよく知られた曲です。

「無原罪の聖マリアの祝日」(Feast of the Immaculate Conception of Mary)はカトリック教会の「大祝日」とされており、イタリア、スペイン、オーストリアなどの国々では現在でも国民の祝日に制定され、フィリピンにおいても「特別休業日」(※)となっています。

※(フィリピンでは「Regular Holiday」(祝日)と「Special Non-Working Day」(特別休業日)の2種類の休日があって、休日出勤した場合の割増賃金が異なるなどの違いがあります。)

今日は、「マリア」について、カトリックの教義である「マリア崇敬」や「無原罪」などについて、少々堅い話になりますが、お付き合いくださると嬉しく思います。

※(以下「カトリック」と「プロテスタント」などの比較がでてきます。この言葉は一般の人は世界史の授業で習うくらいで、これらの違いについては、あまりはっきりとは分からないかも知れませんが、とりあえず、どちらもキリスト教の教派であることくらいで大丈夫です。フィリピンの宗教やキリスト教を知るうえではとても重要ですが、この話はまた別の機会にしたいと思います。)

セブに来て間もない頃の話

フィリピンはキリスト教国ですが、国民の8割以上をカトリック教徒で占めます。私のカミさんと家族もそうですし、ドライバーは全員カトリック教徒です。

(特別に調べたわけではなく、日本だと考えられませんが、ドライバーが持ってくる(おそらく標準フォーマットの)履歴書には「宗教欄」があるので、どうしても知ってしまいます。)

まだカミさんと出会って間もないころ(つまり、ほとんど会話ができなかった頃)、カミさんのフェイスブックで「ママ誕生日おめでとう」みたいなことが書いてあったので、てっきり母親の誕生日だと思って「お母さんの誕生日なの?」と聞いたのですが、カトリックでは9月8日を「マリアの誕生日」としており、それを祝ったコメントでした。

そのとき、言葉がなかなか通じない上に、彼女はそもそも私が「マリア自体を知らない」と思っていたせいもあってか、説明に困っていました。

偶像崇拝の禁止」と「マリア崇拝」、「マリア崇敬」

カトリックや正教会は「マリア崇拝」は認めないが「マリア崇敬」を認めるという立場をとっています。その違いは何でしょう。

旧約聖書の「モーゼの十戒」の一番目は「あなたはわたしのほかに、なにものをも神としてはならない。」(口語訳聖書から。以下聖句は同様)です。旧約聖書を正典とするキリスト教など「一神教」では「唯一の神」にのみ「崇拝」が許されます。

また、その「十戒」の二番目は「あなたは自分のために、刻んだ像を造ってはならない。」という「偶像崇拝の禁止」が述べられており、これは新約聖書においても守らなければならないとされています。

この「偶像崇拝の禁止」というのは、崇拝の対象となる「神の像(仏像のようなもの)を作ってはならない」というだけではなく、他の神や、神以外の人間や動物はもちろんのこと、「見えざる偶像」である(お金などの)「物質的欲求」や「世俗化したもの」(ちなみにアイドル(idol)とは偶像の意味です)を「崇拝」してはならない、というように広く抽象的にとらえられており、具体的に何が「偶像崇拝」にあたるのかということは「聖書解釈・理解」によって異なってきます。

「マリアを神と並んで崇拝すること」は「マリア崇拝」として明らかに聖書及びキリスト教の教義に反した行為であって、これはカトリックも含めすべてのキリスト教で認められていません。

カトリックや正教会などは「神のみに対する崇拝」とは異なる「敬意」を表した「崇敬」という宗教概念と、その表現としての行為や行事を神学として定め、これを認めています。

(「マリア信仰」という言葉は。批判的に使われる場合は「マリア崇拝」と「マリア崇敬」を合わせた意味であったり、カトリックなどにとっては「マリア崇敬」のみを指す場合があるなど、混乱する恐れがあるので、できるだけ区別して表記します。)

キリスト教における宗教改革までの「マリア崇敬」

「マリア崇敬」はキリスト教の歴史でどのように生まれ広まったのでしょう?

ユダヤ教においても古くから指導者の墓地を訪れることが一般的であり、初期のキリスト教においても同様と考えられています。後にカトリックや正教会では、殉教した指導者などを「聖人」として「崇敬」することが神学に取り入れられました。(マリアも正教会、カトリックともに「聖人」とされています)

「マリア」については、2世紀後半には司祭の「エイレナイオス」によって本格的に神学として論じられています。3世紀頃には最も古いマリア絵画がれており、キリスト教信者間で使われていた「神の母」という称号が、431年の「エフェソス公会議」で承認され、「崇敬」の対象とされました。

(ちなみにこの会議で、イエス・キリストの神性はみとめるものの、すでに教義として認められていた、「三位一体説」及びイエスを生んだマリアを「神の母」と呼ぶことを否定した「ネストリウス派」は異端とされ、中央アジアを経由して中国に伝わった「景教」となり、奈良・平安時代には何らかの形で日本にも伝来していたのではないかと考えられています)

「神の母」といっても当然のことながら「万物創造の永遠なる神の母」という意味ではなく、「マリアの神性」は否定するうえでの、「崇敬」の教義としての位置づけなどが「マリア神学」で議論されていきます。

5世紀以降、「マリア崇敬」は東方へも広まっていきます。この過程で、「マリア崇拝」や民間信仰的なものも見られるようになります。

マリアが現れたとされる「聖母出現(顕現)」は、古くは西暦40年に起きたとされる「ピラールの聖母」(柱の聖母)や、「ファティマ第三の秘密(予言)」としてドラマやオカルト、ミステリーの題材としても知られている1930年の「ファティマの聖母」、フィリピンにおいても1948年、バタンガス州での「リパの聖母」など多くあり、これらはカトリック教会や教皇庁が公認しています。そのほか、非公認や否定されているものは数知れずあります。

「聖母出現」は、「イエスとその弟子の前に預言者のモーゼとエレミアが現れた」という聖書の記述もあることから、このような神秘的な現象が「マリア崇敬」における、ひとつの形態としてみられるようになったとも考えられます。

11世紀、イギリスでのちほどお話する「無原罪のマリア」が祝われるようになり、やがて、それはイタリアに伝わります。

カトリック教会において12月8日が「無原罪のマリア」の日とされる理由は、この日にマリアが母アンナの胎内で宿ったという「ヤコブによる福音書」によります。この書はマリアの生涯などについて書かれており、聖典としては新約聖書に含まれていませんが、「聖書外典」として教義にも用いられます。

なお、プロテスタントにおいては、このよう「聖書外典」は聖書理解や解釈には用いられません。

また、「旧約聖書」についても、カトリックには「正典」の他に「旧約聖書続編」(第二正典)というものがありますがプロテスタントにはありません。例えば、カトリックとプロテスタント諸派共同で翻訳された「共同訳・新共同訳聖書」にはこれらが含まれていますが、プロテスタントはこれらを「外典」あるいは「偽典」として扱っており、プロテスタントの「福音派」による「新改訳聖書」には含まれていません。

(カミさんが持っている聖書はカトリック向けですので「旧約聖書続編」(第二正典)も収められています。)

(聖書の「正典」は397年の「カルタゴ会議」でローマ・カトリックによって確立されたはずのに、なぜこのようなことが起きたのでしょう?この話はまた別の機会に。)

プロテスタント宗教改革による批判

プロテスタントは「マリア崇拝」はもちろんですが、カトリックや正教会のような「マリア崇敬」も認めない立場をとっています。(一部には「マリア崇敬」に近いスタンスの教派もあります) 

初期のプロテスタント神学者マルティン・ルターやカルヴァンは、マリアへの尊敬と栄誉を否定するものではありませんでした。マリア神学はまだ議論段階であり、ルターは初期においてマリアに祈ることを認めていましたが、後にこれを否定しています。

プロテスタント宗教改革の神学は「聖書のみ」「信仰のみ」「恵みのみ」「キリストのみ」「神の栄光のみ」の「5つのソラ」(five solae)で言い表されます。

その後確立していくマリアに関するプロテスタントの典型的な見方は、教派によって差異は見られるものの、「神の御前においてマリアがへりくだり、従うこと、神のみことばに率直であること」を重要視しており、当然、マリアに栄誉を与えることに批判的であり、次にお話する、「無原罪の御宿り」「仲介者マリア」や「聖母の被昇天」(※1)、「共贖者マリア」(※2)などの「マリア神学」における教義は認めない立場をとります。

※1「聖母の被昇天」(マリアがその人生の終わりに、肉体と霊魂を伴って天国にあげられたという信仰、1950年に正式に教義とされた)
※2「共贖者(きょうしょくしゃ)マリア」(マリアは自由意志で贖罪(しょくざい)主(イエス)に生命を明け渡し、キリストのいのちを分かち合い、十字架の下で共に苦しみ、人類の贖罪(しょくざい)のための犠牲としてささげたとする概念)

「仲介者マリア」

「マリア神学」には「仲介者マリア」という概念があります。

キリスト教で「仲介者」という場合は通常「イエス・キリスト」を指します。例えば新約聖書の「テモテへの手紙一」2章5節には「神は唯一であり、神と人との間の仲保者もただひとりであって、それは人なるキリスト・イエスである。」とあります(現代では『仲保者』は『仲介者』と訳されます)。

カトリックにおける「仲介者マリア」は、キリストが「唯一の仲介者」の権威を持つことを否定するものでなく、1964年の「第2バチカン公会議」において、このイエス・キリストを指す「仲介者」と区別して、マリアを「すべての恩恵の仲介者」とすることを教義上制定し、さらに「教会の母(Mater Ecclesiae)」という称号を聖母マリアに与えました。

マリアは「仲介者」でもあるイエス・キリストへの「取り次ぎ」を行うもので、「神に捧げられる礼拝」(ラトレイア・Latria)をマリアに対して捧げる事は「マリア崇拝」になるとして禁じられています。

これは神への祈りが直接的なものであるのに対し、例えばマリアに対しては「神の母聖マリア、わたしたち罪びとのために、 今も、死を迎える時も、お祈りください。アーメン。」のように、信者のために「共に神に祈る」もので、この「マリアに願う崇敬心とその表現」を「マリア信心」といいます。

「原罪」と「贖罪」とは

「無原罪」とは字の通り「原罪」が無いということですが、では「原罪」とは何でしょう。「原罪」とその罪を贖(あがな)う「贖罪(しょくざい)」はキリスト教神学において大きな柱となるものですから、それを理解するためには聖書も読み込み、基本的な神学の知識も必要ですが、カトリックにおける原罪の理解は簡潔にいうと次のようなものです。

最初の人間であるアダムとエバが、悪魔から誘惑を受け、神から「知恵の木(善悪の知識の木)の実を食べてはいけない」と命じられていたにもかかわらず、その木の実を食べてしまいます。(「知恵の木の実を食べること」が何を象徴するものかということも重要です)

悪魔に誘惑された人間が、自由意志を用いて神に背いた、人類の歴史にける最初に犯した罪を「原罪」と呼びます。

この罪の結果、アダムとエバは、個人として罪を犯したのですが、この罪は遺伝のように子孫に伝わり、それまで保たれていた世界の調和は破れ、これにより、人間は悪魔にある程度支配され、世界は罪の中に陥っていると考えます。

そして「贖罪」とは犠牲や代償を捧げて罪を「贖(あがな)う」ことを意味し、「イエス・キリスト」の死というものが、全人類を神に対する罪の状態からあがなった行為になります。

神学としての細部はプロテスタントとカトリックでは異なっている面がありますが、基本的な概念はおおむね共通していると思われます。

(と言われても、キリスト教に馴染みがないと「うーん」という反応しか無いかも知れませんが、これらがベースとなった「救済論」や「終末思想」といったものは欧米文学や映画だけでなく日本の文化・芸術にも影響を与えています。理解すると、より深い別の視点で鑑賞できるかも知れません。さきほどお話ししたように、この神学はとても難しく、私自身まだ理解を深めているところですので、これもいずれまたの機会に。)

「無原罪の御宿り

今日のテーマである「無原罪の聖マリア」というのはカトリック教会における「無原罪の御宿り(むげんざいのおんやどり)」という教義にもとづきます。

イエス・キリストはマリアから生まれるわけですが、贖いの代償となるイエスは「罪をもたない存在」でなければなりません。直接、アダムのように罪のないイエスを作らず、わざわざ罪を引き継いだ人間のマリアから、(人類に対する購いの前に)罪のない人間としてイエスがどのように誕生したかというのはパラドックスの謎のようです。

プロテスタントの福音派の教え方は(人間としての物質的にも)マリアの人としての性質を引き継ぎつつ、罪の部分だけ神によって取り除かれたというものです。

カトリックの「無原罪の御宿り」とは、さきほどお話したように、イエスの母マリアが神の特別な恵みによって、「マリアはイエスを宿した時に原罪がきよめられた」のではなく、「マリアはその存在の最初(母アンナの胎内に宿った時)から原罪を免れていた」とする教義です。1854年に正式に信仰箇条として宣言決定されました。

マリア崇敬のキリスト教史における背景

キリスト教社会では、古くから「原罪」の原因がイブ(エバ)すなわち「女性」にあるとする考えが根底に根強くあり、貴族社会以外の一般庶民的の女性はさげすまれ、女性差別を助長・正当化するものでした。人間に恵みと希望を与えるというマリアの存在は、「新しいイヴ」としてそういった女性たちの精神的支えとなり、また、女性の地位向上を促進したという面も指摘されています。

例えば、中世において騎士道が発達すると、これに伴って、女性に対し敬意を示す概念が現れ、続いて騎士道は女性への敬意に献身するようになります。騎士道の発達はマリアに対する考え方に由来するとともに、それに貢献するという相互関係にあったと考えられています。現代の欧米文化の「レディファースト」の起源には諸説ありますが、この「騎士道精神」と「マリア信仰」もそのひとつです。

「キリスト教世界の女性たち」

以前も紹介した同志社大学神学部の小原教授の講義はユーチューブで動画配信されていますが、「キリスト教世界の女性たち  宗教右派からフェミニスト神学まで」という講演内容をまとめた文章がネットで公開されています。「キリスト教世界の女性たち–宗教右派からフェミニスト神学まで (特集 女性の世紀と宗教) — (連続公開講演会より)」(東洋学術研究)

以下にキリスト教の歴史における女性及びマリア関するものについて、簡単にまとめてみました。

新約聖書の時代のローマ社会は厳然とした家父長制社会であり、イエスが宣教活動をしたパレスチナ地方もまた、とても家父長制的な男系社会でした。

ユダヤ教は、知恵思想といって、神を女性的なイメージで描くような伝統がある一方、男女の区別や争(きよ)い者と浄くない者の区別などを規定する厳密なルールを持っていましたが、そうしたルールを、意図的に蹴飛ばしていったのがイエスでした。キリスト教の初期においては既存の社会秩序を離れ、女性が教師であったり預言者であったりするという、その後の時代からは考えられないような状況があったのでした。 

終末待望が薄らいでいく中で教会の組織化が進むと、聖書を解釈するものが皆男性という状況の中で、当時の社会で当然視されていた家父長制的なものの考え方が、キリスト教の中にも徐々に忍び込んできました。

例えば「 妻は夫に従うべきである」 といった言葉があるから妻は夫に従わなければならないのだと、金科玉条のごとく、特定の聖書箇所が突きつけられてきました。当初キリスト教にあった男女の境を越えたような考え方は次第に失せていき、それに連動して、キリスト教は自らが置かれた社会の常識に馴染んでいきます。

当時の社会において、男女差別の根底にある「性的二元論はアリストテレスなどのギリシャ哲学に由来します。結果的に、ギリシャ的な伝統をキリスト教は(聖書解釈において)引き継いでいくことになります。

基本的には、この状態が二千年という歴史のかなりの部分を覆っており、二十世紀に至るまで、大体、男性中心的なものの考え方が支配的でした。 

一方、そのような、家父長制的なキリスト教の歴史の中における異色の存在として、カトリックの「マリア信仰」があります。男性色の強い神理解に対して、それとバランスを取るような形で「マリア信仰」が広まっていったのではないかという見方もあります。

プロテスタントの場合、宗教改革の際に、「マリア信仰」は本質的ではないとして取り除かれましたが、カトリックでは未だに強い影響力を持っています。これが、肯定的な意味でも否定的な意味でも今日の「フェミニスト神学」や「フェミニスト運動」に影響を与えています

現代神学においては、聖書の翻訳に、翻訳者である男性の解釈が入り過ぎていたり、権威的な人々の視点からの翻訳がなされてきたのではないか、などという問題提起がなされるようになってきて、「包含的言語」(ほうがんてきげんご:inclusive language)という性差や差別を考慮に入れた用語・表現が意識されるようになっています。

旧約聖書では、特に「偶像崇拝」への警戒が繰り返し語られています。人間は、自分が持っている願望を神に投影しがちです。男性であれば神に男性的なイメージ、たとえば、強さや権力などのイメージを投影することによって満足を得ることが少なからずありました。そういうことを、聖書は厳しく戒めています。したがって、本来の聖書の視点に立ち戻って、(父性に偏り過ぎていた)神を特定のイメージで理解するのではなく、むしろ多様なイメージの中で理解していこうとする、新しい神理解の模索が試みられてきました。

おわりに

今日の「マリア信仰・崇拝」「マリア崇敬」の話はどう感じられたでしょうか。

以前、日本においてキリスト教が普及しないことについて「無関心」さがあるという話題を取り上げました。

「TED」というアメリカのプレゼンテーション番組の日本版で、お坊さんが神主さんや牧師さんらと、宗派を超えて一緒に行っている「人生相談」のラジオ番組やイベントなどの取り組みを紹介するスピーチの中で、世界の平和における(多神教的な)日本的宗教観である多様性や寛容さの必要性について述べていました。

このことは、多くの日本人がキリスト教などの「一神教」に対し、排他的、不寛容、独善的といったネガティブなイメージを抱いていることの裏返しともいえるような気がします。

もともとは迫害される弱い立場であったキリスト教ですが、「支配する立場になると一転して直接あるいは的間接的に、侵略的行為や、異教徒や異端とみなした者への迫害を行ってきた」という歴史観もあることは確かです。

旧約聖書の異民族や異教徒に対する記述であったり「偶像崇拝の禁止」の教義が、そういった行為を正当化する支えとなった面があることも事実だと思います。

日本人の「無関心」さに関しては、そういったことに対する、潜在的なキリスト教をはじめとする一神教への「恐れ」も関連しているような気がします。

一神教社会からは奇異にみえるという、多くの日本人が普通にクリスマスを祝う行為も、無意識にせよ「一神教」の表面的なものを多神教的信仰に取り入れることで曖昧にし、核心の部分については「無関心」でいることで、その「恐れ」を避けているようにもみえます。

特に「マリア信仰」を考える上で重要なポイントとなる「偶像崇拝の禁止」というような教義に対しては、先ほどの嫌悪感や恐れに加え、「一神教」というものは、やっぱり「めんどくさい」ものだ、と感じられるかもしれません。

しかし、先ほどの小原教授の動画にあげられている授業では、「一神教」に対するバイアス(偏見)のかかった見方に警鐘を鳴らされるとともに、確かな知識を持つ必要性が述べられています。

聖書の理解にせよ、一神教に対する理解にせよ、先入観や固定観念にとらわれることなく、表面的な文字面だけでなく文脈や背景を正しく理解し、本質を見失わないことが求められます。

また、(社会や慣習などの)風潮や同調圧力に影響されることなく、それまで生きてきた経験をもとにした自分の頭と心による深慮が必要です。

「動機が何であれ」とは聖書にもあります。私の場合、以前お話したように、カミさんとの「言葉でのコミュニケーションの不自由さ」という状況下で、相手を理解するために彼女の「信仰」を理解しようと思ったことが、聖書を読み、キリスト教に関心を持つきっかけでした。

聖書の解釈によって、これだけ世界の歴史が大きく影響されてきたというのは、ある意味すごいことです。その聖書の解釈というのはひとりひとりの人間が行なってきた積み重ねです。聖書を「正しく理解する力」というのは生きる上でものごとを「正しく理解する力」にもつながるような気がします。

おわりに」の続き
そのうちセブで旅人やプチ移住者用の宿泊施設を開けたら、聖書を読む会などもやりたいなどと思っています。特に私のようなリタイア者は時間はたっぷりあります。政治ネタや宗教ネタはセンシティブで、会話では話題にしないほうが懸命でありタブーとされています。ブログでは、政治ネタについては扱わない方針(特定政党やイデオロギーにか関わらない政策や行政の話題はとりあげます。)ですが、宗教関係については、フィリピンがキリスト教国であるという環境もあり、自分が海外に出てみて、日本の生活での知識と関心の少なさ、低さを感じたことを省みて、聖書やキリスト教、さらにはイスラム教なども含め、今後も取り上げていきたいと思っています。

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