フィリピン人初のノーベル平和賞受賞 マリア・レッサ(Maria Ressa)【フィリピン・セブでつぶやき・最近のニュースから】

今年のノーベル平和賞でフィリピン人初の受賞者となりました。先の東京オリンピックでのフィリピン人初の金メダリストに続き、初のノーベル賞もやはり女性でした。

2021年ノーベル平和賞にジャーナリストのマリア・レッサ(Maria Ressa)氏

ノーベル平和賞、ジャーナリストのレッサ氏とムラトフ氏に(AFP BB 2021/10/08)

  • 2021年のノーベル平和賞は、フィリピンとロシアの著名ジャーナリスト、マリア・レッサ(Maria Ressa)氏(58)とドミトリー・ムラトフ(Dmitry Muratov)氏(59)が受賞した。
  • 授賞理由は、両氏の『表現の自由を守る努力』。
  • 委員長は、「民主主義と恒久平和の前提となる表現の自由を守るための両氏の努力」をたたえ、「両氏は、民主主義と報道の自由がさらなる逆境に直面する世界で、理想のために立ち上がるすべてのジャーナリストの代表だ」と述べた。
  •  レッサ氏は2012年、ニュースサイト「ラップラー(Rappler)」を共同設立し、現在も代表を務めている。
  •  委員長は、ラップラーが『ロドリゴ・ドゥテルテ政権による、物議を醸し多数の死者を出した麻薬撲滅作戦に批判的な焦点を当ててきた』と説明した。

マリア・レッサ氏の経歴についてはこちらを参考のこと

ウィキペディア 「Maria Ressa」及び「マリア・レッサwiki 大学や経歴、性別や結婚、子供は?【ノーベル平和賞】

  • 1963年にマニラで誕生
  • 父親は彼女が1歳のときに死亡
  • その後、母親は娘と妹を父親の家族に残し米国に移住
  • その後、母親はイタリア系アメリカ人の男性と結婚し、フィリピンに戻った。
  • レッサが10歳のとき、母親は2人の子供と米国へ移住
  • レッサは継父に養子縁組され、彼の名前を取る。
  • 両親はニュージャージー州トムズリバーに転居し、彼女は近くの公立学校であるトムズリバー高校へ進学。
  • プリンストン大学へ進学し、分子生物学と演劇を学ぶ。
  • 1986年に英語の学士号と演劇とダンスの資格を取得して優秀な成績で卒業
  • その後、フルブライトフェローシップ(交換留学・奨学制度)でフィリピン大学ディリマン校で政治演劇を学び、大学教員としていくつかのジャーナリズムコースを教える。
  • PTV4(フィリピン政府所有の放送局(People’s Television Network))に就職
  • その後、1987年に制作会社「Probe」を共同設立
  • 1995年まで「CNN」のマニラ支局長を務める。
  • 1995年から2005年まで「CNN」のジャカルタ支局長を務める。
  •  2010年9月、ウォールストリートジャーナルに 、当時の大統領 ベニグノアキノIIIに対する批判記事を掲載、その後辞職する。
  • 2010年後半まで「ABS-CBN」の部門長
  • 2012年オンラインニュースサイト「Rappler」を共同設立(当初はフェイスブックからスタート)
  • 2019年4月、彼女は米「Time」紙「世界で最も影響力のある100人」に選出。
  • 2020年、本人及びRappler社はサイバー名誉毀損(きそん)、外国資本によるメディア所有、税法違反などの容疑で、逮捕、勾留され、有罪判決6か月から6年の懲役と、40万ペソの罰金の有罪判決がくだされる。
  • ノーベル賞受賞のインタビューは自宅からオンラインで行われていることから、現在は保釈されているよう。

アリサ氏のノーベル平和賞受賞に関する(フィリピン国内の複雑な思い)メモ

メディアの信頼
日本でもメディアの政権批判などはカラーが明確であるが、フィリピンの場合は、もう少し複雑で、マルコス独裁政権からコラソン・アキノらによって民主的な国家が作られたと期待したら、結局のところ金持ちだけ利権を独り占めする、腐敗と銃や麻薬まみれの(と庶民が感じる)社会が何十年も続き、生活は一向によくなったという実感がなく、国民のストレスはたまっていた。

そこにダバオ市での実績をひっさげて、大統領に就任したドゥテルテ大統領は、親マルコスで強権的ではあるが、経済や汚職や犯罪、麻薬などのはびこる社会を変えてくれるのではないか、という期待は高く、任期満了も近い現時点においても、メディアによるアンケートでの支持率も依然として高い。

それを批判するメディアは、ジャーナリズムの崇高な精神による報道だけでなく、前政権寄りであったり、政権には何でも反対というスタンスが混在し、すべての国民の共感を得られていない、冷めた見方をされているという一面がある。

レッサ氏とアメリカの関係
レッサ氏は10歳で渡米、大学もアメリカであり、アイデンティはフィリピンというよりかはアメリカ人ともいえる。

例えば、日本で大坂なおみさんがオリンピックの最終ランナーであったりする(最終ランナーは、注目されるゆえに、開催国を代表する者としてふさわしい人選が行われる)ことへの日本人の反応と似ているかもしれない。彼女を認めることは日本人の従来の価値観を広げ、多様化を受け入れる社会になりうるかもしれないが、一方で違和感を持った人もいる。

まして、スポーツと政治という違いもあり、(アメリカのメディア側の存在という)レッサ氏へは(フィリピンとアメリカの関係も100%うまく行っているとはいえない、微妙な政治的問題でもあり)より複雑な思いが強くなりうる。

ドゥテルテ政権の独裁度、弾圧度
例えば、中国で劉暁波(りゅう ぎょうは)氏がノーベル平和賞を受賞したときには、中国政府は猛反発し、授賞式への欠席を各国に働きかけたり、国内では報道規制をしたり、その後、劉氏のがん治療での出国を認めないなど、あからさまな態度をとってきた。

今回、政府の祝意(※1)が3日遅れたという皮肉の報道もあるが、少なくとも、そのような妨害工作も報道規制も行われておらず、国民には、今回の受賞の理由ともなっている前提となっている『表現(報道)の自由への弾圧』のような意識はそれほど高くないように思われる。

また、ドゥテルテ大統領はが副大統領への立候補を取り下げ引退(※2)を表明したように、中国やロシアとは違ってフィリピンの民主主義は機能しているという認識もあるだろう。(もちろん日本や欧米との比較ではなく)

(娘のサラ氏が出馬して、ドゥテルテ王朝が続くというような見方をする人もいるが、少なくとも選ばれるかどうかは民主主義的に決められるだろう。バランガイや地方選挙ならまだしも、さすがに対立候補も監視する中、大きな民意を覆すほどの全国区での投票操作は難しいと思われる。)

今なら中国、香港やカンボジア、ミャンマー、中東などでの平和活動、人権活動の問題の方が深刻と思っている人も多いかもしれない。

(※1)「フィリピン人の勝利」 大統領報道官、ノーベル平和賞レッサ氏を祝福(時事2021/10/11)
【マニラ・ロイター時事】フィリピンのロケ大統領報道官は11日、フィリピンの記者マリア・レッサ氏が今年のノーベル平和賞受賞者に決まったことについて「フィリピン人にとっての勝利だ。非常にうれしく思う」と祝福した。定例記者会見で質問に答えた。

(※2) フィリピンのドゥテルテ大統領、引退表明(REUTERS 2021/10/04)

選挙前というセンシティブな時期
意図的なのかもしれないが、タイミング的に大統領選挙前ということで、この話はどうしても政治的に絡んでしまう。(※)

ドゥテルテ大統領の政党PDPラバンは今だに大統領候補がはっきりしないが(ボンゴー氏で届け出しているが本人にその気はなく、変更は可能)、あえていえば、他の有力立候補者は、「経済政策」は踏襲、「麻薬撲滅は進める」が「人権・自由の侵害には反対」というような看板をかかげることくらか。もし、サラ氏が出馬するつもりだったら多少影響するかもしれない。

(※)フィリピン大統領選、現政権批判で大混戦 ノーベル平和賞も影響か(朝日新聞 2021/10/09)

おわりに

ノーベル平和賞の話題は、政治的な意味合いが強くなるケースもあるので、私自身の意見は避けたいと思います。(このブログは政治的主張・イデオロギーには中立的な立場でいきたいと思っています)

本来であれば、金メダリスト誕生やオリンピックで活躍したフィリピン人のように、大いに盛り上がるべき快挙ともいえる『初のノーベル賞受賞』では、ちょっと微妙な雰囲気かなという感じでしょうか。

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