今回は動画「アヤラモールへ散歩」からです。時期は3月下旬頃です。
アヤラは自宅から徒歩圏内にあるのですが、前回訪れたのはもう1年以上前になります。
- セブには(多分フィリピンはどこでも)野良犬がたくさんいます。
日本でも、私が子供の頃には、野良犬を見かけましたが、とても怖い存在でした。ところが、セブで初めてみた印象は、野良犬は多いけれど、皆弱々しく、実際に、吠えられることもめったにありません。
しかし、安心してはいけません。フィリピンでは、今でも「狂犬病」が根絶されていません。発症したら致死率はほぼ100%です。
噛まれないように注意することはもちろんですが、噛まれた後でも「暴露後ワクチン」を接種すれば効果があるとされているので、必ず病院に行きましょう。
また、犬に限らず、猫やネズミなどからも感染することがあるそうなので気をつけましょう。
- マボロにある「Cebu R Hotel」はゲートで覆われて、休業中でした。
- ホテルは海外旅行客はほぼゼロでしょうから、国内ビジネス・観光客に頼らざるをえないですが、それもマニラ首都圏の再ロックダウンなどで厳しい状況です。
- マボロは、立地的にもセブ中心地から少し離れているのでよけいに厳しいかもしれません。
- 「Yolk – Coffee and Breakfast (Mabolo)」は、レストランに変わっていました。ITパークにある同名のカフェの姉妹店だったと思います。地味な場所にあって、なかなか落ち着いた雰囲気で、ときどき訪ねていました。
- 以前から建設中のコンドミニアム。
- 昨年に、セブの不動産は、それほど影響が出ていないというニュースがありましたが、どうなのでしょう。
- 会員制ショッピングセンターの「ランダース」
- カフェとピザ屋などが併設されていて、フリーwi-fiが使えて、広々としたスペースで、居心地もよく、よく使っていました。
- 「ランダース」の前のタクシーの列
- 以前はこんなに並んでいませんでした。
- やはり、街なかを流していても、客が少ないのだと思います。
- アヤラモールのエントランスです。
- 一年以上ぶりに訪れました。
- 広場への入り口は、名前などを記帳するためのノートは備え付けられていましたが利用されておらず、手荷物検査と、検温だけでした。マスクとフェイスシールドは必要です。
- 平日の5時ごろですが、人は少ないです。
- 広場
- そろそろ夕食時ですが、人はまばらです。
- 一階のカフェには、まあまあ人がいました。
- 3階に上がるとガラガラです。
- デリバリーサービスの配達員をよくみかけます。セブでは、やはり「グラブ:GrabFood」と「フードパンダ:Foodpanda」が目に付きますが、他にもいろいろあるようです。
- テナント料とかどうなっているのか心配になってしまいます。
- 以前は、アヤラやSMに出店するのはとても審査が厳しいと聞いたことがありますから、できれば撤退せずに、なんとか持ちこたえたいところでしょう。
私達が目指すのは「イナサル」です。
「イナサル」
2003年に、ネグロス島のイロイロ市で、当時26歳だった Edgar Sia(エドガー・シア)は、ロビンソン・モール駐車場の250平方メートルのスペースから最初の「MangInasal」を創業しました。
会社名は「Mang Inasal Philippines、Inc」(Mang Inasal)でイロイロ市を含む西ピサや地方で使われるヒリガイノン語で「Mr.Barbecue」という意味。
ビサヤ地域内に支店を開き、次に南に隣接するミンダナオ、そしてマニラ首都圏へ進出しました。
2005年にフランチャイズを開始し、2008年までに23のレストランをオープンし、2009年には100を超える店舗を持つまでに拡大しました。
2010年10月、「Jollibee Foods Corporation」(JFC)によって、資本の70%が30億ポンド(6,880万ドル)で買収されました。
2016年4月、JFCが残りの30%を取得し、完全に子会社化されました。
ジョリビーグループ
このように、イナサルは、現在、ジョリビーグループ(Jollibee Foods Corporation)です。
そのもととなった「Jollibee Foods」は、1975年にTony Tan Caktiong(トニー・タン)によって設立され、フィリピンのパシグ市に本社を置いています。
1975年、トニー・タンが家族とアイスクリーム店、「マグノリア・アイスクリーム」のフランチャイズ店を始めたところ、ファーストフードの売上の方が良かったことから、フランチャイズを離れ、1978年に「Jollibee Foods Corp(JFC):ジョリビーフーズ株式会社」を設立しました。
その後、1981年にフィリピンへのマクドナルドが参入してきますが、以後も順調に売上・店舗数も伸ばして、不動の地位を確立していきます。
同社は1994年に「グリニッジピザ」の80%を買収し、2006年に、残りの株式を3億8,400万ペソの現金で買い取り、完全子会社とします。
2000年には中国のファーストフードレストランである「チャオキン」を買収し、2005年には、ベーカリービジネスである「レッドリボン」を買収しました。
そして、先程お話したように、2010年に、バーベキューチキンを専門とするフィリピンの食品チェーンである「イナサル」の70%の株式を取得しました。
フィリピン国外では、ブルネイ、中国、香港、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、シンガポール、米国、ベトナムなどに進出しています。
主なブランド
- Jollibee (ジョリビー)-ハンバーガー、スパゲッティ、チキン、そしていくつかの地元のフィリピン料理を専門とするアメリカの影響を受けた料理を提供するフィリピンスタイルのファーストフードレストラン。
- Greenwich(グリニッジ)-ピザやパスタを専門とするさまざまなイタリア料理のメイン料理とサイド料理を提供しているファーストフード店。
- Red Ribbon(レッドリボン)-ベーカリーショップで、ケーキに特化したさまざまな焼き菓子を提供しています。
- Chowking(チャウキング)-主にヌードルスープ、点心、トッピング付きの丼を販売する中華料理メニューを提供するファーストフード店。
- MangInasal(マン・イナサル)-バーベキューのファーストフードレストランチェーン。
- Burger King Philippines(バーガーキングフィリピン)-フィリピンでの運営を管理しています。
- Smashburger-アメリカのファストカジュアルハンバーガーレストランチェーン。
- The Coffee Bean&TeaLeaf -1963年に設立されたアメリカのコーヒーチェーン。2019年に買収。
- Yoshinoya Philippines(フィリピン吉野家)-日本のファーストフードチェーン。2021年、吉野家ホールディングスと、フィリピンのファストフードブランドのフランチャイズとなる子会社を設立する計画を発表。
(参考)
ウィキペディア(英語版)
Mang Inasal ホームページ
Jollibee ホームページ
NIKKEI ASIA 「Jollibee Foods Corp」
- 席は2人席のみ。4人席の場合は中央にアクリル板の仕切りがあって事実上の2人席となっています。
- 恐らく、デリバリーフードサービスの配達員さん。緑の服はグラブフード、青は
フードパンダのユニフォームだと思います。
訂正)フードパンダのユニフォームはピンクです。青のユニフォームカラーはバイクタクシーのAngkasで、デリバリーサービスを始めたというニュースもありますが、写真の人がそうかは分かりません。(お詫びして訂正します。)
- カミさんの従姪 とボーイフレンド、一時は私達の家に一緒に住んでいたこともあり、家族同様の付き合いをしています。
- 定番のチキングリル
- ライス食べ放題です。
定番のハロハロです。
ハロ (halo) とはタガログ語で「混ざること」という意味で、ハロハロと続けると「混ぜこぜ」という意味になります。その名の通りかき氷とミルクをベースとして、各種の果物、甘く煮た豆や芋類、アイスクリーム、ゼリー、ナタデココ、タピオカ、ココナツ、プリン、米やトウモロコシの加工品など、多種多様な材料が用いられます。
起源については諸説あり、明治末期に日本から「からゆき」さんがフィリピンで第二の人生として甘味屋の商売を始めた際の蜜豆、同年代に東南アジアに入植した人々が各地で営業した「もんご屋」と呼ばれる甘味屋のかき氷、などが起源として現地の文献に残っており、具材やアイスクリームなどは戦後になって加えられたものと考えられています。
からゆきさん
九州で使われていた言葉で、19世紀後半、主に東アジア・東南アジアに渡って、娼婦として働いた日本人女性のことを指します(「唐」は、広く「外国」を意味する)。
女性たちは長崎県島原半島・熊本県天草諸島出身が多く、海外渡航には斡旋業者(女衒) が介在していおり、多くは、農村、漁村などの貧しい家庭の娘たちでした。
フィリピンでは1902年の法律で売春行為が禁じられました(アメリカによる植民地化が行われたころ)が、その後も、からゆきさんは増加しており、マニラ市の一郭に日本人紅灯 街(歓楽街)が形成され、1903年には36戸、140人に達し、同年のフィリピンの国勢調査では自ら売春婦と認める女性は476人で、その約半数が日本人であると記されています。
やがて、国際的な評判なども問題となり、国辱として取締りを求める声も高まり、1920年に在シンガポール総領事が廃娼を決定するなどの後、日本政府は1925年に「婦人及児童の売買禁止に関する国際条約」(1921年)を批准し、廃娼がすすみ、女性たちは日本への帰国、現地での商売や結婚(日本からの青年移民や現地人との結婚)、条約の適用外の満州などへの移動などを選択することになりましたが、多くのからゆきさんが日本に帰ることなく亡くなっています。1)
「ハロハロ」の誕生にも、さまざまな人たちの人生が背景にあり、「歴史あり」です。
(参考)
ウィキペディア
1)「日本と東南アジア : ジェンダーとセクシュアリティの視点から見た過去と現在」(法政大学学術機関リポジトリ 吉村 真子)
- H&Mも客はまばら
- セブのロゴが入ったTシャツなど定番の土産屋さん。海外旅行客が少ないと厳しいか。
- スーパーです。コロナ以前にデパート部分の火災が大きなニュースになりました。
- 一時、別の場所に移転していましたが、元の場所で再開していました。
- ユニクロ
- 眼鏡のオンデーズ
私は強度の近視で、メガネをかけていて、日本では度数に関わらず均一料金で格安料金のJINSというメガネブランドを利用しています。(JINSは日本全国どの店に行っても、データもきちんと共有されており、店員さんの対応もよく、値段に対して壊れやすいといったこともなく、デザインやブランドにこだわりがなかったり、予備であったりといった用途であればおすすめです。)オンデーズも同様のシステムを取っています。
もしこちらで壊れたりしたら、行ってみようかなと思っています。
- アヤラは通路が広く、たくさんのショップがでているのですが、多くは閉まっていました。やはり、コロナの影響でしょうか。
- この紅茶屋さんの隣にコーヒーショップがあって、そこでコーヒーを購入しようと思ったのですが閉まっていました。
- セブでは、インスタントコーヒーはどこでも売っているのですが、レギュラーコーヒーはモールのスーパーでも、売っていなかったり、品揃えが今ひとつです。
おわりに
今回はユーチューブに投稿した動画「アヤラモールへ散歩」からの内容でお送りしました。
動画も少しづつ増えていますので、よろしければ覗いていただければ嬉しいです。このブログのヴィジェットにリンクを載せていますのでよろしくお願いします。
4月もおわりに近づいています。日本では東京・大阪などゴールデンウィークをまたぎ、緊急事態宣言がだされ、厳しい状況がつづいているようです。
フィリピンでは、マニラ首都圏のMECQが解除されるかどうかが気になるところです。
どちらも、医療キャパシティが逼迫しており、医療崩壊が心配されるという報道がなされています。
日本ですが、少し前にこんなニュースがありました。
「年間死亡数11年ぶり減 コロナ対策で感染症激減」(日本経済新聞 2021/02/22)の記事によると、「2020年の国内の死亡数は前年より約9千人減少したことが22日分かった。死亡数は高齢化で年平均2万人程度増えており、減少は11年ぶり。新型コロナウイルス対策で他の感染症が流行せず、コロナ以外の肺炎やインフルエンザの死亡数が大きく減少したためとみられる。」とされています。
「超過死亡率」というものがあります。死亡率が一時的に増加し、本来想定される「死亡率」の取りうる値を超過した割合のことで、「死亡率の変動」ともいい、通常、熱波、寒波、伝染病、パンデミック、飢饉、戦争などによって引き起こされるものです。普通に考えれば、パンデミックが起きれば当然「超過死亡率」が高くなると考えられます。
欧米では、たしか、昨年の初期に、一時期、超過死亡率が高くなったというような報道もあったと思いますが、現在は、大きく報道されていないようなので、それほどではないのかもしれません。
コロナのおかげで衛生環境の改善など何らかの理由により、死亡率が平年より低くなるというのは、皮肉な結果というか、どう捉えてよいか難しいところです。
2020年の死亡者数は、前年より9,373人減って138万4,544人でした。2021年4月26日現在のコロナ(関連)による累計死亡者数は10,011人です。
これを、「多い」とみるか「少ない」とみるか、また、「入国規制や、緊急事態宣言などの感染対策をしているからこれだけ少なく抑えられている」とみるか「そういったことによる効果はあまりなく、意味がない(する必要がない)」とみるか、「ファクターX(日本やアジアが欧米に比べて被害が少ない理由)がはっきりしない以上、油断できない」とみるか「それでも欧米と比べると日本は全然問題ない」とみるか、「変異株や変異種の恐れなど、まだまだ分からないことがたくさんある」とみるか「もう一年経験し、恐れるほどのウィルスではない事が分かった」とみるか。
専門家でさえ、さまざまな見方や意見があるのですから、混乱してもしかたのないところです。
しかし、なんにつけ、共通している問題意識は医療体制だと思います。
ほとんどの人が病院で死期を迎える時代で、その死者数が減っているにもかかわらず、医療崩壊が心配される原因は、いくつも考えられます。それらに対処して、医療体制を整えることが一番重要で、必要なことでしょう。
日本と比べるとフィリピンの医療事情はとてもぜい弱です。ハード面はもちろんですが、ソフト面においても、せっかくの人材の多くが海外で働いています。
フィリピンは平均年齢が若いこともあり、比較的死亡率も低く抑えられているようです。しかし、重症化すれば、日本であれば助かる命も、助からない可能性が高いのは確かです。とりあえず、自分にできるのは、飛沫感染対策、やれることをやるのみです。