「フィリピン留学を決めるまで」ほか

今日は今回からセブでの5年間を振り返る第1回目として、「フィリピン留学を決めるまで」をお送りします。

あとは一昨日、フィリピン中が盛り上がった「ミスユニバースの話題や、「クリスマスバケーション」や「バイクタクシー」などについてちょこっとお話ししたいと思います。

ミス・ユニバース 

フィリピン代表のカトリオナ・グレイさんが、ミスユニバースで優勝し、今日マニラに凱旋帰国しました。

ミス・ユニバース、フィリピン代表の24歳に栄冠」(ロイター)

部屋にいたら、外から何やら大声で「ワァ~」という歓声が聞こえてきて、何だろうと思ったらミスユニバースで、フィリピン代表が栄冠に輝いたのでした。

テレビのない近所の人たち(私の家族も含めて)が、向かいの家の前に集まって、街頭テレビのように見ていたのでした。

「ミス・ユニバース」は、「ミス・ワールド」「ミス・インターナショナル」「ミス・アース」と合わせと四大ミスコンテストなのだそうです。

優勝したカトリオナ・グレイさんは、オーストラリア人の父とフィリピン人の母をもつハーフだそうです。

以前、ミスユニバースの日本代表に、ハーフの宮本エリアナさんが日本代表に選ばれて一部批判の意見も出たことがありました。

  元ミス・ユニバース日本代表がはねのけた「反日」レッテル (Livedoor NEWS)

の中で宮本さんが「世界大会に出てみたら、出場者の8~9割は、ハーフだったんですよ」と語られているように、ハーフを特別にみるのは、やはり日本的なのでしょう。

その後ミスワールドも、インド人とのハーフの吉川さんが日本代表になった時も、少女時代の肌の色の違いなどによるいじめの体験を話されています。

ミス・ワールド日本代表の吉川プリアンカさん、ハーフへの偏見に苦しんだ過去 海外でも注目」  (ハフポスト)

日本人は、何かただ島国根性というのだけではなく、いまだに白人に対しては卑屈になって、それ以外の黒人やアジア人には見下したような面もあるような気がします。

いちいち日本の代表がハーフであることや、ハーフへのいじめや差別が話題にならないような社会になっらないといけない、と思います。

下は昨日のユーチューブの「急上昇」ですが、一夜明けてもミスユニバース関連一色で、20番目にやっとクリスマス関連の動画が出てきました。

ウィキペディアによると、「ミス・ユニバース」の優勝者数の1位はアメリカの8人で、次いで南米ベネズエラの7人、プエルトリコの5人そしてフィリピンは4位で4人です。日本は2人で東南アジアはタイのみで2人。アジアの中でフィリピンが活躍しています。

ミスコンが盛んということもあって盛り上がります。

正直、今まではあまり興味はありませんでしたが、明るい話題というのはいいですね。

冬休みではなくクリスマスバケーション

昨日は月曜日だというのに、3歳の姪っ子が最近少し咳をしており、私の風邪を移したかなとも思ったら、クリスマスバケーションで1月の頭まで休みだそうです。日本だと冬休みの季節ですね。

おかげで2歳の甥っ子と輪をかけて「遊ぼう攻撃」で、なかなか集中してパソコンに向かえません。ふたりともやんちゃです。でもつい付き合ってしまいます。

そういえば、その姪っ子が幼稚園でスカラーシップのような援助を受けるのだそうです。スポンサーは外国人で現金ではなく、文房具や教材などを援助してくれるとのこと。

以前にクラスで一番数が数えられるという話を聞いたことがあるので、「そんなに優秀なのか?」と聞いたら近所のほとんどの子が受けられるとのこと。

その援助の一環で一足早いクリスマスプレゼントを貰ってきました。おままごとセットのようです。

バイクタクシー(ハバルハバル(habalhabal))「ANGKAS」はどうなる?

フィリピンではローカルの足として、ハバルハバルというバイクタクシーが市街地から山の中まで広く走っています。

LIFT BAN ON ANGKAS」(CEBU DAILY NEWS)

バスやジプニー、タクシー、バンそれにトライシクルなどは「LTFRB」によってフランチャイズで管理されています。

一方バイクタクシーはそれがなくてそのほとんどが個人で行っており営業許可などもなく、グレーゾーンとして黙認されてきました。

しかし「ANGKAS」という配車アプリによって組織的に運営されることで、LTFRBが規制に入りました。

バイクによる乗客の運送は日本でも認められていません。荷物でしたらバイク便がありますから、渋滞の都市部や、公共交通機関が不足している過疎地であれば需要はあるかもしれません。しかしそれが認められないのはやはり安全性によるものでしょう。

フェイスブックのニュースでは毎日のように交通事故のニュースが流れますが、多くはバイクの死亡事故です。

セブにきて5年間で、バイク事故により、私の友人の親戚が一人死亡し、2人は一時は命の危険を伴う重傷を負いました。バイクタクシーに乗って事故にあい、足を怪我した友人もいます。

バイクタクシーのドライバーは、大抵その日暮らし位の収入で、補償能力はありません。

しかし現実的には多くのバイクタクシーが走っていて、実質的には公共交通機関の一部となっています。セブ市長が規制に反対しているように、特に車も入れないような山間部ではなくてはならない交通機関です。

一台のバイクの後部座席に私を含め、3人乗って30分以上かけて山の中の知人の家に行ったことがありますが、報道によれば今回の規制では、そういった山間部のバイクタクシーも取り締まりの対象になったようです。

個人的にはLTFRB所管の許可制にして、保険の義務付けをする方向で認めればいいと思うのですが、恐らく保険料の支払いでギブアップする者が続出するような気もしますし、難しい問題です。

フィリピン留学を決めるまで

退職の日

2014年の3月31日は、私が長年勤めた公務員人生に別れを告げる大きな転機となる日でした。

早期退職制度は「勧奨退職」と呼ばれ、各自治体によって異なると思いますが、退職金が割り増しになります。

民間企業ですと、リストラとして行われる場合が多いと思われますが、自治体も経費節減や若返りのために行われています。

退職金の額は一概には言えませんが、私の場合は辞めた時が45歳で定、年退職の人とほぼ同額が支給されました。

とはいっても、当時は45歳で私の生まれですと、年金も65歳支給ですから、それまで約20年間もあります。また、60歳の定年まで公務員として働くのとそうでないのでは、当然年金支給額にも影響してきます。

無職のままでは、貯金に退職金を足しても10年もつかどうか。年金額は退職時の概算では月12万円くらいなので、その後に厚生年金か国民年金の積み立てがなければかなり苦しい生活になりますし、20年後にどうなっているか、あてになりません。

何か将来にあてがあって辞めるのなら別ですが、そうでないのであれば、普通に考えたら無謀な選択といえます。そう明らかに無計画でした。

なぜそんな無謀な決断に至ったかは、年明けにお話しする予定の、私のプロフィールで述べたいと思います。

ともかく退職した日から私の新たな人生であるこの5年間のお話はスタートします。

3月31日

4月1日は職場異動の日であり、数週間前に内示が出るとどの職場もバタバタします。

その時私は総務担当だったので「いよいよ退職するんだ」というセンチな気分に浸っている暇もなく人事異動に伴う様々な事務作業に追われていました。

公務員は有給が年に20日、繰り越しが最大20日あります。私は1月1日の時点で合計40日ありました。退職に際して有給を使い切るということも法律上は可能でしたが、さすがにこのポジションで休むというのは気が引けて、体調不良で数日休んだのみでした。

後任者との引継ぎは済ませていますので、最終日はやれることだけやって後はまかせます。

バタバタとした一日が終わり家路につきます。本当にこれで最後なんだとおもいつつあまり実感はない最後の日でした。

ただただ毎日が過ぎていく

4月1日から何もしない毎日が過ぎていきます。

最初の1週間は、とにかく家で疲れを癒すことで過ごしました。

4月といえば、人事異動で異動する側でも向かい入れる側でも、大体どの部署でも忙しい時期です。いくらでも時間があるから本も読めるしビデオも見れる。

テレビを見て昼間からビールを飲んで過ごす自堕落な生活ですが、今までで初めてです。「桜でも見に行くか」と昼間から花見です。

2週間目になると、家にいても退屈さを覚え、街中に出かけます。

父親は何も言わずいつもと何ら変わりません。中年ニート状態で少し居心地の悪さを感じます。

そうだフィリピンへ行こう

5月に入り、ふと若いころにバックッパカーをしたかった思いが蘇りました。

丸一ヵ月の休養で少し元気になってきたようです。

私の年代は若いころは海外旅行もそれほど身近ではなく、円高で海外に行きやすくなったころは仕事も忙しく、長期で休むのも難しくなりその夢は実現できませんでした。

若いころはバイクが好きだったので、テントを持って国内はよくツーリングに出かけました。若いころは比較的長期間の休みもとれて、北海道とか京都や四国などにも行きました。

しかし、この年でバックパッカーを始めるというのはちょっと辛いですが、どうせ行くならツアーではなく個人旅行で行きたい。しかし全く英語ができない。まずは旅行英語くらいはできるように勉強しよう。

そこでまず選択肢としてはフィリピン留学が上がりました。留学しながらまずは東南アジアを体験できる訳です。

この辺りは思いついたらとんとんと決めていきました。

フィリピン留学にセブを選んだ理由

次に、フィリピンの中でどの学校を選ぶかですが、私の場合はエージェントに相談するのではなく、ネットで調べて学校を選びました。

後のマネージャーが、英語学校のマネージャーの経験があり、英語学校ビジネスも視野に入れた時期があるのですが、留学エージェントと学校は非常に密接な関係にあり、時として客である生徒より自分たちの都合で紹介する場合があります。

参考にするのはいいと思いますが、自分でもしっかり調べたほうが良いと思います。

とはいえ、学校のHPは基本的に悪い点は書かれておらず、アピールポイントしか書いてありませんし、留学エージェントの情報サイトも、エージェントと学校は持ちつ持たれつの関係(エージェントは留学に来てもらうのが目的ですから、ネガティブな情報は控えめになります)ですから同様です。なかなか正しい情報を得るのは難しいのも事実です。

情報サイトを作れるくらいにウェブに詳しくなったら、自分で作りたいとも思っています。

ほぼ初めての海外旅行の準備 リターンチケットも捨てチケットも知らなかった

初めての海外一人旅です。

この時はまだ自分が移住するとも思っていませんでしたから、父とは約半年のしばしの別れくらいの思いです。父もその頃はまだまだ元気で「俺も成田空港まで行く」と片道2時間近くかけて見送りに来てくれました。

入国審査の前に第二ターミナルのうどん屋で食事をとったのですが、ここは父のお気に入りになってそれ以降はかならずそこで食事をするようになりました。

この時はフィリピンエアラインで留学期間の前日と翌日の往復チケットを買い往復で7万円弱だったように記憶しています。

最近はもっぱらセブパシフィックです。

フィリピンはリターンチケットが必要という認識は2回目の渡航からです。

フィリピン入国管理局のHPに書かれていてこちら ←(リンク切れ)

2回目の時は「捨てチケット」というのを教えてもらって、セブパシフィックのプロモで数百ペソで聞いたこともない場所へのチケットを買いました。そのチケットは半年後に日付のチケットで、その間2回使いまわしましたが大丈夫でした。

リターンチケットの確認は、出国の際に航空カウンターで行われるだけで、セブ空港で確認を求められたことは一度もありませんが、リターンチケットに関してはいろいろな情報があって空港カウンターの場所によったり、会社によったり人によって、多少運用が異なったりするのかもしれません。

フィリピンエアラインは機内食も美味しいし、新聞もブランケットもフリーだしクッションもあったかな。それに酒類も飲み放題(といってもせいぜい2,3杯ですが)でほんとに快適でした。

うっかり機内手荷物にボールペンを入れるのを忘れてしまいましたが、ペンを持っていない人はいますかと聞いてくれましたし。以降は忘れたことはないですがLCCだと貸してくれないかな。

でもセブパシフィックも大好きです。

そして飛行機の窓から、セブの夜景が目に入ってきたのはもう夜中近くでした。

その時は思っていもいませんでしたが、それがフィリピンでの第二の人生の始まりとなるのです。

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