鬱(うつ)とフィリピン・セブ暮らし

日本は緊急事態宣言も解除されたにも関わらず再び感染者が増えているとのこと。今後は「Withコロナ」の暮らしを模索する日々が続きそうです。

フィリピンは欧米諸国に比べれば感染者や死亡者数は少ないものの東アジアでは高い数字といえます。日本と比べれるとはるかに財政基盤や医療体制の弱く経済面において深刻な状況となっています。

セブ市は依然として「MGCQ」でタクシーやジプニーなどの交通機関はストップしたまま、許可書による外出制限も継続したままで、ロックダウン状態が続いています。

今の時点では「MGCQは」7月31日までとなっており8月からGCQに戻れかどうか気になります。

私も4ヶ月も一歩も家の外に出ない生活というのは初めての経験です。

今は大家族の中で暮らしており、姪っ子や甥っ子の遊びの相手をしていると気が紛れるのですが、セブでアパート住まいを始めた頃のように一人暮らしをしていたなら「精神的に参っているかもしれないなあ」と思ったりもします。

今、私がこのセブにいるのは公務員を辞めたからですが、辞めた理由はひとつではなく、また明確にこれだともいえません。

ただ、その頃を思い返せば、睡眠の問題や気分の落ち込みなどがあり、少なくとも「うつ状態」だったことは確かです。

「コロナうつ」という言葉も普通に使われるようになってきました。今回は私自身と「うつ」との関わりを少し振り返ってみます。

「うつ」とは

厚生労働省のホームページに「みんなのメンタルヘルス総合サイト」というサイトがあります。

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うつ病に関するページはこちらです。https://www.mhlw.go.jp/kokoro/speciality/detail_depressive.html

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うつの状態

『憂うつである』とか『気分が落ち込んでいる』などと表現される症状を「抑うつ気分」。抑うつ気分が強い状態が「抑うつ状態」(一般的には「うつ状態」)。このようなうつ状態がある程度以上、重症である時、「うつ病」と呼ばれる。

原因による分類

原因からの分類では、脳や体の病気、薬剤などが原因となっている「身体因性うつ病」、典型的なうつ病である「内因性うつ病」、性格や環境がうつ状態に強く関係している「心因性うつ病」などに分類される。

うつ状態でみられる症状

1) 自分で感じる症状
憂うつ、気分が重い、気分が沈む、悲しい、不安である、
イライラする、元気がない、集中力がない、好きなこともやりたくない、
細かいことが気になる、悪いことをしたように感じて自分を責める、
物事を悪い方へ考える、死にたくなる、眠れない
2) 周囲から見てわかる症状
表情が暗い、涙もろい、反応が遅い、落ち着かない、飲酒量が増える
3) 体に出る症状
食欲がない、体がだるい、疲れやすい、性欲がない、頭痛、肩こり、
動悸、胃の不快感、便秘がち、めまい、口が渇く

うつの治療

うつの治療としてセロトニンやノルアドレナリンに作用する薬がうつ状態に効くことがあるため治療薬として使われているが、まだ十分に実証されているとはいえない。

また、日本うつ病学会の「治療ガイドライン」も公開されています。こちらは診断から治療までかなり詳しく書かれています。内容は難しいですが専門用語ばかりではなく一般人でも読めるものになっています。

うつ状態の本人が自分で調べる状況でない場合もあるかと思います。その場合でも正しい治療を受けるために、家族などが正しい知識を知っておくことは大事だと思います。  https://www.secretariat.ne.jp/jsmd/iinkai/katsudou/kibun.html

公務員の仕事とうつ

上記のホームページには「うつ病ととらえる範囲が広まることで、うつ病の概念がかえってあいまいになってきたのかもしれません。」とあります。

うつ病にはさまざまな原因が考えられ、環境や個人の体の状態によって治療方法も異なります。いろいろな薬が開発されていますが、それで治るとは限りません。

また、うつに関する情報もたくさん溢れていますが、「うつは〇〇である」などとひとくくりにしてしまうと混乱を招くのではないかと思います。

それを踏まえて私と「うつ」との関わりをお話したいと思います。私が「セブ暮らし」を始めたこととも無関係ではありません。

公務員といってもいろいろな種類や職種がありますが、一般的には昔から「安月給」でも「楽な仕事」というイメージがあるようです。

以前は職業を選ぶにあたってあまり人気がない時代もあったようですが、近年では「安定した職業」で「給料や福利厚生が整備されている」などというような理由から「親が子に望む職業」では常に上位に位置します。

確かに私が就職した頃は今よりのんびりとした雰囲気が残っていたように思えますが、公務員をとりまく環境は大きく変わってきました。

(公務員時代の話はまた別の機会にお話したいと思います)

公務員時代の最後の方は出先事務所で「総務の係長」というポジションにいました。

国家公務員向けの「管理監督者のためのガイドブック 国家公務員とメンタルヘルス」(人事院職員福祉局)が公開されていますが、自治体でもこのような「メンタルヘルスハンドブック」が作成されていて研修に参加したり総務の立場で職場研修なども行っていました。

この冊子に書かれているように、メンタルヘルスにおいては「上司、同僚、部下との人間関係」や「パワハラやセクハラといったハラスメント」、「過剰な残業などの労働環境」などさまざまな要因が「ストレス」となって影響を及ぼします。なかなか複雑です。

多い職場では、職員数70人くらいの事務所で4人が心の病により休職している職場もありました。そこは全体的にかなり業務量の多い職場でしたが全庁的に残業時間の削減が求められサービス残業が恒常的に行われていました。

そこでは私直属の部下も休職(当初は病気休暇)になりました。もともと前の職場で休職していたのですが異動してきて半年くらいで再び体調不良になったのです。上司の指示で本人と一緒に主治医に会いに行ったこともありました。

このように特に総務の係長になってからは同僚や部下などのメンタルヘルスとの関わりも多くなってきました。

うつの原因は職場とは限りませんし、複合的な場合も多く、これが原因と特定できないケースも多いと思います。

身体的な病気であれば検査をして画像や数値がはっきりするのですが通常のメンタルクリニックですと短い時間での本人との面談による診察のみです。

コロナもそうですが実態がつかめないというのは何とも不安なものです。うつの場合は最悪の場合である自死ということも考えなくてはなりません。

一方、そのころ自分自身も「うつ状態」であったのです。

脳腫瘍とうつ

昨年の12月に一時帰国したのですが、それは脳腫瘍の再発による手術のためでした。治療などに関しては別途投稿する予定なので、今回はそれまでの経緯を簡単にお話します。

今から十数年前に最初の脳腫瘍の手術を受けたのですが、その一年ほど前からや頭痛や不眠、めまいなどの症状が気になるようになりました。

その頃は初めての分野への異動に加えてとても忙しい職場でした。平日の残業は月100時間は軽く超えており、さらに土日に業務が多かったのですが平日に振替で休むこともままならず、年休(有給休暇)を取る余裕もありません。

環境が変わったこともあり疲れのせいだと思っていました。普段はそれほどではないのですが、ときどきひどく体調が悪い時があり、ある日、周りにも心配され午後に休みをとって病院の内科に行ったのです。

しかしそこでは特に検査もなく「精神的なものでしょう、メンタルクリニックを受診してみたらどうか」と言われたのでした。

実はその時すでにメンタルクリニックで、睡眠導入剤と軽い抗うつ剤を処方してもらっていました。(調子の悪い時のみで常時服用していなかったので、問診票には書かなかったのでした。)

仕事はますます忙しく、休憩時間もろくに取れない状態でしたが、ふと最上階の窓から下を眺めると「このまま飛び降りたい」と思うこともたびたびああり、その景色はいまでも鮮明に覚えています。

その後、年末になって違う内科に行ったのですが、また「うつですね、処方します」と言われたのです。デジャブのような繰り返し。

年が明けても体調は一向にすぐれません、めまいや体のだるさが気になり、頭の検査をしたいと思うようになりました。

職場の健康診断で脳ドックを受けれればよかったのですが年齢が決まっており私は対象外でした。しかたがないのでMRI設備のある脳神経内科のクリニックへ行ったのです。

そこの医師も当初の診察で「デスクワークで肩こりからくる場合もある。肩こり体操を教えるから毎日やりなさい、あまり気にすると余計に良くない」とやはりストレスからくる精神的なものと考えているようでした。

クリニックなのでその日のうちに結果を教えてもらえるのですが、MRIを撮る前とは全く異なる真剣な表情で「脳腫瘍です。紹介状を書くのですぐに脳神経外科のある大きな病院に行ってください」とのこと。

画像には素人でもはっきりと分かるものが写っています。それもウソみたいに大きい。

家からそう遠くなくて一番大きい病院の紹介状を書いてもらい、その足で向かったのです。受付を済ますと「MRIを撮ります。」とのこと。(1日2回も撮って大丈夫なのかなと心配になりましたがCTと異なり放射線による被ばくがないので大丈夫のようです)

しばらく待つと主治医となる先生に呼ばれ説明がありました。「写真だけ見ると緊急搬送されたのかと思うくらい大きい腫瘍」とのこと。

大きさは8センチ位で握りこぶしに近い大きさ。確かにこんなものが頭の中にあってよくこのくらいの症状で済んでいたものだと思うほど。

後に「学会に報告していいですか」と聞かれたので症例報告になるようなケースだったのでしょう。

脳腫瘍は良性と悪性に別れます。素人目にも「悪性だったらこんな大きくなる前に重大な症状になっているだろう」とは思っていましたが、主治医からも「最終的には細胞の病理検査をしなければならないが良性でしょう」とのこと。

このとき「脳腫瘍であることのショック」と同時に「ああ、今まで辛かったのは全部これのためだったのか」と原因が分かってホッとした気持ちもありました。

何はともあれ、あのまま放置していたらどうなっていたかもしれません。

「これは内科のクリニックで誤診されたということなのか?」とも思いましたが、頭痛や目眩(めまい)でいちいち全てCTやMRIを撮っていたら医療費はどんどん跳ね上がってていきます。(それでも日本は世界一CTやMRIを撮る国といわれているそうですが)

まあ仕方がないかな。とにかく「自分の体は自分で守らなければならない」ことは確かです。

もっとも「精神的なもの」という診断については、腫瘍の影響で実際にうつ症状があったのかもしれません。

うつ状態で退職

最初の手術も無事成功し、3ヶ月ほど休職(有給の病気休暇を含む)して復帰をしました。その年は仕事もそれほど忙しくない職場で過ごすことができました。

こういったときは特に公務員の場合は病休や休職などの制度や労働環境は恵まれてると感じます。

しばらくは数ヶ月ごと、そして一年ごとの定期検診となります。このころ、さまざまな気になる症状があったのですが「大きな手術をしたのだから当然、あまり気にしないように」とのこと。確かにそれはその通りです。

さて、次の年には以前よりかはマシですが普通に残業の多い職場に異動となりました。

私は事業と総務の両方を経験していますが、一般的には事業担当の方が忙しく大変とされれていますが総務も決して楽ではありません。

役所の総務の仕事というとルーチンワークのように思われがちですが、思いつきのような指示や調査、新しい業務が雨あられのように降り注いできます。係長の場合、調整業務が多く、他のセクションなどとのやり取りは簡単ではありません。

また、係長というポジションは上司や部下との狭間でのストレスも結構抱えることになります。(ドラマ「ハケンの品格」の里中課長(小泉孝太郎)のポジションですね)

手術後の1年位は軽いめまいなどの症状で仕事をするにあたっては結構しんどかったのですが、それらの症状はは段々と良くなっていきます。しかしその一方で相変わらず不眠や体のだるさは続いていきました。

人付き合いや趣味や娯楽なども離れていき自分でも「うつ状態」と感じるようになり、やがて「仕事を辞めたい」という思いが強くなっていました。

「うつ状態で人生を左右する決断をしてはならない」ということは十分に承知していました。

「公務員という安定した仕事を失うリスク」ももちろん分かっていました。

それでも「この先仕事を続けていった先」の不安が勝っていたように思います。そして退職を決意したのです。

(ただし、このとき、もし私が結婚していたり子供がいるなど家庭を持っていたらこのような決断はできずに無理しても続けていたでしょう。)

将来については漠然としか考えていませんでしたが、「勧奨退職」という早期退職制度を利用することができる年齢となっていました。

(退職金も割増になることから、その後にセブでビジネスを始めるにあたって助かりました。)

そして「辞める」ということを上司に相談したのです。

このときのことを細かくお話するといろいろなことがフラッシュバックされてしまうので控えますが、その職場での状況は退職という意志を後押しするものでした。

無理をしてぼろぼろになって辞めても誰も助けてはくれません。幸い「もう少しで解放される」という希望もあってか、何とか普通に仕事もこなし引き継ぐことが出来たのでした。

セブでの新生活とうつ

「うつ(状態)で人生を左右する決断をすべきでない」一方で、今振り返れば「あの時点で決断して、限界まで頑張らなくてよかった」とも思えます。

こればっかりは人生は一度きりで「もしも、あの時に違う選択をしていたら」というのは神様しか答えは分かりません。

ただ、退職したときに「英語を学んで海外旅行をしたい」という思いを持ち、それを実行に移す気力が残っていたことが今の自分につながっています。

もしもう一年仕事を頑張って続けていたら、どんな人生を送っていただろうか。

「うつ状態での決断」は難しいです。環境を変えて良くなるケースもあれば悪くなるケースもあるでしょう。

私の場合は退職してさらに今までとはまったく異なる環境であるフィリピンに身を置くことになります。

日本とはかなり異なる生活が水に合う人もいれば、ストレスになる人もいるでしょう。幸いなことに私の場合は前者でした。

この違いは「それまでの環境の状況」にもよるし「本人の状態」や「タイミング」にも左右されるでしょう。いろいろな要素が重なり合って今に至っています。

コロナうつと今の生活

新型コロナが人の心に及ぼす悪影響について「アメリカでは精神的苦痛を感じる人の割合が45%に上る」とのデータがあるほど、世界的問題となっており、国連は5月に各国に対策強化を要請しているとのことで、日本でも大規模な調査が行われます。

コロナうつで初の実態調査 厚労省 1万人規模」(日本経済新聞)

ロックダウンや自粛期間では孤立や不安などが大きなストレス要因となっています。今後は感染症対策か経済かという選択が問題となってきますが、経済的な不安もうつの原因になるでしょう。

私の場合、無収入状態が続いていますが、もともと質素な暮らしですから食べてさえいければ十分です。

ドライバーたちが気がかりで業務連絡の必要もあるのでカミさんがフェイスブックのグループチャットをつくり(ビサヤ語なので私は分かりませんが)連絡を蜜にしているのですが今の所、皆何とかやっているようです。(全然関係ないファニーな動画とか投稿されてます。業務用という認識ではないですね。)

ロックダウン状態に入った頃は「宵越しの銭は持たない」つまり、貯蓄している人が少ないフィリピンでこれだけ多くの失業者が出たら、1ヶ月後には強盗などが多発し暴動も起きるのではないかと思ったものですが、今のところはそのような心配した最悪の事態にはなっていません。

近所からは以前と変わらず音楽やカラオケが聞こえてきます。コミュニティ内は普段どおりの毎日です。ただ、ダウンタウンの方の状況はどうなのだろうと気になります。

今後のこと(再スタートの場所)

今年はタクシー事業を安定させ新しい事業に取り組もうと考えていたのですが新型コロナの影響で足止め状態です。

もともと考えていたのは日本人の生き方や暮らし方の多様化の中で半(プチ)移住をしてみることのできる場をつくれればというものでした。

私自身の経験で言えば日本での生活をリセットし(したくてしたわけではないのですが)、新たなスタートを切るうえでセブの環境は適したものでした。

いい事も悪い事もありましたが、私にとっては日本でのストレスなのか何なのか分かりませんが付き物が落ちたような気もします。

今回のコロナで医療機関の脆弱さなどのリスクも浮き彫りになりましたが、冬の寒さで凍えることもありませんし、食べ物は一年中豊富にあります。

タイトルで「うつとフィリピン・セブ暮らし」としているにも関わらず肝心の部分の話があまりありませんでした。次回は「うつ状態で日本を飛び出した私がセブでの生活を始めてで思ったこと」をお話したいと思います。

新型コロナの影響で観光ビザでの渡航がどうなるかは全く目処が立ちませんからまだまだ先のこととなるとは思いますが、再び日本から多くの方がフィリピンを訪れ、日々の疲れやストレスを拭い去ってリフレッシュしてもらえる日が来ることを心から願っています。

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