初めての海外(セブ)生活【セブでの5年間を振り返る3】

セブは最大のお祭りでもあるシヌログが終わり、(一年中暑いことは暑いのですが)体感的にこれからだんだんと暑さを感じていきます。

19歳の少女がシヌログのパーティーで死亡

さてそのシヌログですが19歳の少女(フィリピンでは18歳で成人ですが)がドラッグで死亡するという事件があったそうです。

「Teen dies in suspected drug overdose during Sinulog party」(ABS-CBN NEWS.com)https://news.abs-cbn.com/news/01/23/19/teen-dies-in-suspected-drug-overdose-during-sinulog-party

フェイスブックにはパーティでその少女が完全にラリっている様子が映っている動画がアップされています。

その後のニュースでは死因は薬物によるものと特定されたそうですが自ら摂取したのかボーイフレンドや友人などにアルコールに入れられるなどしたのかは今後捜査が進められるようです。

以前は若者も煙草を吸うくらいの感覚で様々なドラッグが蔓延していたようです。ドゥテルテ大統領政権による厳しい取り締まりで麻薬などはかなり少なくなっているとは思うのですが、まだまだこのような事件が起きてしまうのは悲しいことです。

インフルエンザでも出勤が当たり前?日本の労働環境

先日、私の体調が悪くひたすらゆっくり休める今の生活は経済的には豊かではなくてもある意味贅沢に感じるというお話をしました。

中目黒駅のインフル女性転落死…玉川徹氏「ワクチン打ってたのか」羽鳥アナ「休みやすい状況を」(Yahoo ニュース)https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190123-00000046-sph-soci

この記事でも「ネット上などでは女性が体調不良を押して出勤した理由やワクチン接種の有無を巡って様々な意見が飛び交っている。」とありますが、実際に私の以前の職場でも業務が忙しく規則上は休むことが義務づけられていても実際には休まず出勤している職員もいました。

今回のケースは本人の判断なのかなど詳細は分かりませんが、このようなニュースを聞くとやはり日本人は「がんばり過ぎる」のではと感じざるをえません。現実は「そんなことは分かっているがそうはいっても」なんですけどね。

では「セブの5年間を振り返る」の続きです。

驚くことばかり(セブの5年間を振り返るその3)

本来は英語の学習のためにセブに来たのですが、初めての長期にわたる海外での滞在は私にとってはとても刺激的なものでした。今回は主に英語留学をした最初の約半年間、フィリピンの良い面、悪い面含めてカルチャーギャップを感じた話です。

セブシティはリゾート地とは全然異なる東南アジアの世界

セブというとリゾート地というイメージがあります。私が留学にセブを選んだのもそのイメージからというものでした。旅行会社のパンフレットに載っているセブのリゾートホテルなどの多くは実はセブ島ではなくセブ空港 があるマクタン島にあります。

もっともセブ島やその周辺の離島もビーチやシュノーケリングなども楽しめる場所が沢山あります。留学等でセブに長く滞在するようでしたら土日を使ってボホール島、北のバンタヤンやマラパスクア島、南のボアルボアルなど少し遠くまで足を延ばして行ってみるのもいいのではないでしょうか。

セブの観光情報はたくさんあるので少し辺鄙(へんぴ)な場所ですが私が今行きたいと思っている場所を紹介します。カランガマン島で行政エリアはレイテ島になるのですが場所的にはセブ島とレイテ島の間に位置します。宿泊施設もない小さな島です。2013年11月の台風ヨランダはレイテ島やセブ島北部にも甚大な被害をもたらしましたが此処も例外ではなかったようです。

しかし、下のユーチューブの動画は2017年にアップされているのですが多くの観光客でにぎわっています。私は英語は何いてるのか全然聞き取れませんがユーチューブの自動字幕機能で英語字幕にすると少しは分かります。

なお、私は実はこの島より南に位置するカモテス諸島やレイテ島までいったあたりで全然観光化されていない場所に将来ゲストハウスにもなる別荘を持ちたいなあという夢を持ってます。いつになることやら。

 

ちなみにこの動画を作成したFinnSnow さんが別の動画で「100か所以上の島を訪れてベストプレイス」と紹介しているのがパラワンのエルニドです。エルニドはパラワンの北に位置しており、まだまだ不便な場所ですが近くに空港を建設する話もあるそうで、もしそうなったらどんどん観光化が進んでしまう心配があります。
↑(訂正:エルニド空港というのはあって現在エアスイフトという航空会社のみマニラとセブから運行しています。これを拡張する計画のようです)

私はまだ行ったことがないのですがせっかくフィリピンに住んでいるので一度は行ってみたいと思っています。

フィリピンは最近になってボラカイ島の問題やセブだとオスロブのジンベイザメも人数制限が検討されるなど自然保護の取り組みが本格化しているので、ぜひゴミだらけの観光地にはならないようにと願っています。

話がそれてしまいました。

周辺のリゾート地や素朴なビーチなどと異なり、セブシティはピサヤ地方の中心地として歴史があり近年は急激に経済発展してきています。市街地は慢性的な渋滞であったり大きなモールが点在するなどそれらとは全く違う側面を見ることができます。

最初の週末で街中を歩く ホームレスの母子や日本と違う世界

英語学校の話は次回以降にして今回は学校以外のセブについて少しお話しします。

授業は月曜日から金曜日までです。あっという間に1週間が終わりました。一日6時間のマンツーマン授業を選択したのですがさっそく失敗したと感じました。

マンツーマンは4時間程度にてあとは予習・復習にあてればよかったと思ったのでした。物覚えも悪くなっていて集中力も持続しないし寮に戻っても自習する気力もありません。

短期間ならまだしも6か月間これでは厳しいと。結局4カ月目くらいに寮を出て通学に切り替えた際に学校に相談して一日の授業時間を減らして期間を延ばしてもらったのでした。

土日の休みは元気を取り戻し年齢も近く親しくなった人などと近くをまわり始めました。

ジョリビー(Jollibee)

フィリピンに来た事のない人ならまずしらないが来たことのある人なら必ず知っている「ジョリビー」。ジョリビーとはフィリピンのファーストフードチェーン店です。

セブに来て基本的には学校と寮での生活ですが、週末に最初に外にでて入ったのは近くのジョリビーでした。

前回フィリピン華僑のお話をしましたが、ジョリビーの創業者も華僑です。ジョリビーを含むジョリビー・フード・コーポレーションは、ピザ系チェーンの「Greenwich」、中華料理系チェーンの「Chowking」、ケーキ専門店チェーンの「Red Ribbon」、焼き鳥チェーンの「Mang Inasal」などを運営しているそうで(ウィキペデアによる)、どの店も街中では必ず見かけます。

フィリピンはマクドナルドが世界中でに展開する中で、唯一シェアNO1をとれない国ともいわれていてそれはジョリビーによるものとされています。

ローカルの人たちはハンバーガーよりチキンとライスのセットなどを頼んでいる人が多いです。うちの姪っ子はジョリビーのスパゲティーが大好きですが完全にローカルフードで、日本人には甘口すぎるかもしれません。

ジョリビーの影響だと思いますがフィリピンのマクドナルドはライスを提供しておりびっくりしました。

また、食事の前に十字を切って神にお祈りする人の姿を見てキリスト教の国だなと思ったのもジョリビーでした。

(ただし、ウィキペディアによれば「正教会・カトリック教会においては十字を描く(切る)ことは欠かせないが、聖公会では「欠かせない」とまでは言われず「十字を切るか切らないかは自由」とされる。またプロテスタント諸派には十字を切る習慣を有さないものも多い」とのことです)

さらには、ファーストフードやフードコートでは日本でのあたりまえのセルフサービスで食後のトレーやごみを捨てるのも基本的にはフィリピンではなくて店員が片づけてくれるというのもここで知りました。

日本と異なる風景

初めての物乞いに戸惑う

一番最初の頃のことでよく覚えているのですが旧市街地の大通りを歩いていると段ボールを敷いた上に座っている母と乳飲み子がジョリビーだかの空の紙コップを手に脇に置いて座って通行人に弱弱しく差し出すのです。

それからしばらくして少しセブに慣れたころにコロンというダウンタウンを歩いたときはストリートチルドレンが沢山いました(後にフィリピン人の友人から、そのあたりは昼間でも一人では歩かない方がよいとアドバイスされました)。その子たちは物乞いはしてきませんでしたがぼろぼろの大人用のシャツをワンピースのように着て見るからにシャワーもろくに浴びていないようでした。

後に車に乗るようになると信号待ちしているときによく子供や赤ん坊を抱きかかえた女性が寄ってきたりもしました。子供だけの場合は小遣い稼ぎにも見えるのですが何とも分かりません。

物乞いというのは今の日本にはありませんからどのように対処したらよいか?初めてフィリピンのような発展途上国に来た日本人は誰もが最初は戸惑うのではないでしょうか。

最初の頃に私のフィリピン人の友人から子供にお金をあげても親のギャンブルやドラッグに消えるからあげるならビスケットとか食べ物をあげなさいと言われました。

目の前にもし本当に栄養失調や餓死寸前の人がいたならば自分にできることはしたいと思うのは自然な気持ちです。

一方、物乞いに関しても目の前の彼らに少し恵むのは根本的な解決にはならず、その場をしのぐだけであるのは確かです。また、セブシティでいうならば日本と同様にモノや食べ物でがあふれています。彼らは絶対的貧困なのですが相対的貧困、格差の問題でもあります。

カミさんの話ではさすがに女性や子供は本人が望めば行政が保護するとのことですが実態はどうなのでしょう。

しかし長く住んでいるとそれも日常の風景になってきますし、最近はダウンタウンなどの街中を歩くこともほとんどなくなり意識する機会も少なくなってきてます。この5年間で実際に数も少なくはなってきているのかもしれませんがまだまだ絶対的貧困があるのは事実です。

日本ではホームレスと関わるセクションにいたこともあり貧困問題とは今後も向き合って考えていきたいと思っています。

2週目の週末でアヤラモールへ 

学校が始まって2週目くらいには友人と初めてアヤラモールに行きました。そこはまるで周辺のいかにも東南アジアといった雰囲気とは全く別世界です。

その後SMモールなどにも行くのですが本当に人が多くびっくりします。輸入品などの価格は日本と比べてもそんなに変わらないものも多く、無印良品やダイソー、ユニクロなど日本の企業も進出していますが決して安くはありません。

スーパーマーケットの風景も日本と違う

少し慣れてくるとモールとは違って外国人などまず見かけないローカルなスーパーなどにも行ってみるようになりました。

大量の商品をカートに入れてレジまで持っていくのですが会計中に一部をのけたりカートに置きっぱなしにしておいたりしてそのまま放置されていたりするのを目にします。冷凍食品が置きっぱなしのを見たことがありますがさすがに驚きました。

あとは店員が「だべってる」「歌ってる」「携帯見てる」「どう考えても余ってる」といった光景も少しすると当たり前になってきます。

セブの市街地のスーパーマーケットは夕方ともなるとレジはものすごく長い行列になります。恐らく役割が決まってるのでしょうがどんなに長い列になっても店員は決して慌てませんし奥にいる店員を呼ぶというのも見たことはありません。ひたすらマイペースです。それに対してクレームもないのでしょう。

せっかちな人にとってはフィリピン生活は苦痛に満ちたものになるかもしれません。逆にこういった「ゆるーい」ライフスタイルに順応できればとても楽に生きられるような気がします。

野良犬

野良犬というのは私がまだ小学校の頃ですから昭和50年代初頭位まではまだ私の住んでいた地域ではよく見かけました。野犬は見つかると大抵すぐに保健所などに引き取られるのでだんだんと見かけなくなりましたし、狂犬病の心配もほとんどありません。

フィリピンではまだまだ狂犬病の恐れがあります。街中の犬はなぜかみな弱弱しいのですがもし噛まれたらすぐにワクチン接種の治療が必要です。2006年に日本人がフィリピンで犬にかまれ帰国後に死亡した事例があります。

近所の子供がネズミから感染して死亡したという話も聞いたことがありますし、猫などから感染する可能性もあるようですので野生の動物には近づかないといった注意が必要です。

公共の場はゴミ捨て場?

続いても公衆衛生ですがだんだんと改善されてきていますがとにかく街中にゴミが多く捨てられているのが目につきます。

セブにきて2年目くらいに車に同乗していたフィリピン人がドライブスルーで食べたごみを道端に捨てて唖然としたことがありますがその後は身の周りではそういったことはないのでこういったマナーも少しづつ改善されてきているのかもしれません。

またタクシー事業でもビジネス許可をる時には駐車場とオフィスに分別のごみ箱があるかを確認されました。民家のゴミ出しも以前は収集場所に山積みだったのが曜日が決められるなど徐々にルールも厳しくなってきています。

無茶苦茶な電柱の配線と強固な民家の門と壁

この写真はまだましですがフィリピンの電柱はすごいことになっています。私の以前の家庭教師は向かいの家に配線をいじられ電気ドロボーされたそうですが配線がどうなっているのか素人にはさっぱりわかりません。

この写真ではそれほどではありませんが普通の家の壁はものすごく強固です。壁の上にガラスが突き刺さったりしている場合もあります。セブの治安については別の機会にお話ししたいと思いますが、この辺りからも治安面も日本とは違うということが分かります。

銃を持ったガードマンと装甲車のような車

銀行などだけでなくちょっとしたドラッグストアにも銃を持った警備員がいて、その銃は見た目に結構ちゃっちい作りのように思えて最初はゴム弾のようなモノなのかと思っていたらフィリピン人の知人にあれは本物の銃だと言われました。

暴発とかしないかいつも心配です。

あとは店の売り上げなどを集金するのだと思うのですが、装甲車のような車が走っています。(以前撮った写真が見つからないので今度撮影したらアップします。)

これも日本では見られない光景です。

 

トイレ事情

これはフィリピンに限らず東南アジア全般に言えるようですが、日本と比べるとトイレ事情はだいぶ異なります。

まず公衆トイレはアヤラモールなど一部を除いては汚いところが多く、また、便座の蓋と腰を掛けるバーがない便器が多いというのもあり外出時はなるべくトイレに行かなくて済むように気を付けています。

マニラのフィリピン人宅に泊まった時はトイレにトイレットペーパーがなく、その時はトイレットペーパーを使わない習慣が残っているということを知らなかったので不思議に思ったものでした。(ただ、スーパーなどに行くと日本で売ってるようなトイレットペーパーもたくさん販売されています。)

あとは水量や配管の太さからトイレットペーパーを流してはいけないトイレも多いと思います。アパートやコンドミニマムで水量の少ない部屋も多いようですので賃貸にしろ購入にしろ水量はチェックしたほうがよいようです。

ゴキブリ事情

これも衛生面ですが、学校の寮では私の部屋ではゴキブリは出なかったのですがほかの部屋では出るという話を聞きました。どうやら部屋で菓子類を食べるのも原因になっているようです。

フィリピンのゴキブリもいくつかの種類があるようですが大抵はものすごく動きが鈍く、うちの家族はまったく動ぜず簡単にサンダルで踏んづけてやっつけたりします。以前学校の廊下のベンチに座っていたらゴキブリがいて、気づかずに歩いてきた人に踏まれていたのを見たことがあります。トロすぎです。

中古の賃貸のコンドミニマムでゴキブリが大量にでて悩まされているという人がいましたが、こればっかりは住んでみないとなかなかチェックは難しいかなと思います。

私の場合はゴキブリは大嫌いですが寮ではアリが発生してました。しかし日本製の蚊よけスプレーがよく効くというのでたまた持ってきていたのを使ったら効果覿面(てきめん)でした。

どうにも開けにくいお菓子の袋

どうでもいいことですが、せっかく来たのでフィリピンのスナック類を食べようといろいろ買って試してみたのですが、袋に刻みがついていなかったりついているのになぜか開けられなかったりします。サクッと開けられると感動しました。

最近、姪っ子や甥っ子に袋開けてと言われて開けたりするのですが、以前よりちゃんと開けられるスナックが増えているような気がするのは気のせいでしょうか?

フィリピンは5年もすると大きく変わっていたりします。私の5年前の経験も昔話になってたりするかもしれません。

例えばフィリピンの街中の風景といえばジプニーですが、少なくとも、けばけばしい大型タイプのジプニーはあと数年のうちに姿を消すと思われます。カミさんの友人が1台所有しているのですが排ガス規制で古いタイプは新車への更新か数万ペソだったかの補償金の選択を迫られており、廃業を選択したそうです。

↓分かりにくくてすみません。左が大型で古いジプニー右は比較的新しいモンテカブタイプのジプニーです。

そして再び帰ってくることを決意し一時帰国へ

さて、セブにきて最初の半年近くは全く移住しようとも思っていなかったので日本との違いに驚き、ただその生活を楽しんでいました。改めて日本の凄さや住みやすさを実感することも多かったのが事実です。ただ留学も後半に入り少しずつ日本とは異なるフィリピンの良さについても意識するようになってきました。

笑顔や活気にあふれている

フィリピンはアジアでも最も平均年齢が若い国の一つです。路地を少し入れば子供たちが沢山いて街中にはたくさんのバスケットボールコートがあって遊んでいる若者や子供たちがいます。

日本に戻るとなんて静かなのだろうと思うし、昼間周りを見回しても誰もいないということもあります。ここはゴーストタウンで自分しかいないのではと錯覚したりします。

フレンドリーな友人たち

そして寮を出て一人暮らしを始めるとフィリピン人の友人も少しずつ増えてきますが、今思えばこの時は結婚するとは思ってはいなかったカミさんの存在が大きかったのかもしれません。当初予定の日程で一旦帰国するものの再びセブに来ようという思いになったのです。

ただこの時点ではまだ移住まで決意したわけでもなく、ましてやフィリピンでビジネスをするというのも全然現実的ではありませんでした。

当時の父はまだまだ元気でしたが半年も留守にしていたこともあり、友人には再会を約束し、当初に買ったチケットで一旦帰国するのでした。

このあと二度目のセブでさらに深くフィリピン人と関わり、いい面や悪い面の両方を経験しながら移住を決意することになっていきます。

<続く>

土地を見に行ってきました

前にお話ししたようにLTFRBの規則が厳格化して駐車場の書類が必要になります。年末に300㎡くらいで月15,000ペソの賃貸の土地を見に行ったのですが、今年になってマネージャー(ビジネスパートナー)から知り合いづてで土地を売りたいという話があるという話を聞き見に行きました。

土地の広さは500㎡で相場より安い価格です。なぜ安いかなど詳しくは次の機会にお話ししたいと思います。

ざっくりと賃貸で月1万5千ペソを払い続けても十数年でペイできてしまいます。賃貸だと永続的に払い続けなくてはなりますが、購入すれば財産になるわけですからその方が得なのは明らかです。

しかしもう手持ち資金ではキャッシュで購入する余裕はありません。さてどうしたものか。

とりあず私の銀行に勤めている友人にローンが使えるか相談することにします。本当はタクシービジネスが安定してからで来年位を考えていたのですがこれを機会に一気にアパートメント・ドミトリー・ゲストハウスの建築の実現に動き出せないものかとも思案しています。

まず不動産の勉強から始めなければなりません。フィリピンでは外国人個人では土地を購入できません(コンドミニマムは認められる物件が多いと思われます)。また建築となるとその勉強も必要です。

フィリピンの不動産や建築関係に関しても今後いろいろ調べていきそれらに関する情報もお伝していければと考えています。

熊本で大きな地震があったとのこと。最近本当に多いですね。心配です。では次回まで。

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2 件のコメント

  • 以前、同じようなビジネスを妻名義でやっておりました。将来の夢、外国人メインの宿泊施設をしたいなあ。ここまでは、私と同じようにみえますが(^_^)。
    日本人=金持ち と言う亡霊に悩まされ、又 自動車保険の死亡保険金上限が異常低いので、事故がおきたらと恐怖で…黒字でしたが手放したという、苦い思い出。
    いまは、上記の日本人金持ちという亡霊のおかげで妻は、息子と息子の国立高校校長にフィリピン教育指導センターから精神的虐待?で裁判所に告訴。PC ゲームギャンブル中毒、止める為、送金を減らした。理不尽な弁護士立てて反証しないと、10から20年の懲役、信じられないが事実、私は亡霊なので訴えなし、苦笑。
    最後に子供の教育費は異常に高い、レベルは低い、モラルは最低、セブでは日本人とフィリピンの子供は頭が良いという事実だけが良い知らせ。爺の愚痴と、説教になりました。懲りずに、今後もよろしくお願いいたします。m(_ _)m

    • Mr. Kさん
      ブログを見ていただきありがとうございます。いろいろとご苦労されたとのことで、フィリピンも変わりつつあると思いながらも私も予期しない洗礼を受けることを覚悟しています。
      周りのフィリピン人の認識に共通しているのは何かトラブルになった時に外国人(特に日本人)が出ていくとややこしくなるので引っ込んでいた方がいいということです。
      おっしゃるように日本人は金持ちというのは共通認識で自然とよからぬ人たちのターゲットになりやすいというのはこの国に住む以上はある程度諦めざるを得ないのかもしれません。
      最近はトラブルもブログのネタになるかなと考えられるのが少し救いです。
      今後ともよろしくお願いいたします。

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